角川
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歴史
角川の名前の由来は、能登から鹿がこの地へ渡って来たので鹿途川とつけたものとされる。元禄の頃より「角川」と表記されるようになった[2]。 古くは、片貝川や鴨川、早月川などと並び、魚津城の防衛の役割も果たしていた。また、流水には上流の松倉金山や河原波金山の金気が含まれていたので、古くから黄金水と称していた。夏でも長く腐らないため、河口付近では往来する船が飲用水として利用していた[2]。
1948年8月23日、集中豪雨により角川流域で大水害が発生した。これにより両岸の堤防が2,000m以上にもおよんで決壊および亀裂が続き、角川に架けられていた木橋は湯上の学校橋を除いた7橋が流失。田畑の流失埋没の程度は雨後の調査を待たなければならない程甚大であった[3]。

