諸田敏

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諸田 敏(もろた さとし、1959年5月15日 - )は、主に特撮テレビドラマ作品の監督演出家東京都出身。

映像関係の専門学校を卒業後、助監督を目指しフリーの制作部として映画や2時間ドラマでの現場を半年経験後[1]日活ロマンポルノの現場に従事。その後、制作部をやらない意志を示すと、「東映で助監督を探している」という声がかかり東映テレビプロに移り[1]1985年、『電撃戦隊チェンジマン』よりスーパー戦隊シリーズに助監督として参加。当時、監督は山田稔堀長文長石多可男東條昭平が中心で、チーフの助監督は小中肇だった[1]。『光戦隊マスクマン』の4話よりチーフ助監督として現場を支えたが、後に本人は「正直、子供番組に興味はなく常に動いている現場で仕事を覚えるのには良いと言われ、半年の契約と言われていたが『チェンジマン』で1年だった(笑)」と語っている[1]

1991年、『地球戦隊ファイブマン』の最終回を最後に特撮の現場を離れたあとは、2時間ドラマや『福井さんちの遺産相続』、『HOTEL』、『はぐれ刑事純情派』、『はだかの刑事』といった連続ドラマの助監督を担当。その間も『恐竜戦隊ジュウレンジャー』、『ブルースワット』、『劇場版 超力戦隊オーレンジャー』などの別班で東映特撮に携わることはあった。

1996年に『超光戦士シャンゼリオン』の助監督で本格的に東映特撮に復帰。そして同作品の第19話で監督デビューする。

その後は東映特撮に参加する傍ら、『はみだし刑事情熱系』や『幻想ミッドナイト』などにも助監督として携わる。1998年の『星獣戦隊ギンガマン』の終盤からスーパー戦隊シリーズに監督として初参加。1999年日笠淳プロデューサーがチーフとなった『救急戦隊ゴーゴーファイブ』より本格的に監督のローテーションに定着。日笠プロデューサーとは特に親密で、以降彼のプロデュース作品のほぼすべてにおいて名を連ねた。その中でも『未来戦隊タイムレンジャー』・『百獣戦隊ガオレンジャー』・『轟轟戦隊ボウケンジャー』ではパイロット&メイン監督を務めた。2004年には日笠がプロデュースした『仮面ライダー剣』で仮面ライダーシリーズに初参加し、翌年の『仮面ライダー響鬼』までシリーズに携わった。その後、2009年の『仮面ライダーW』への参加をきっかけに、主な活動の場を仮面ライダーシリーズに移し、2021年の『仮面ライダーリバイス』まで皆勤で参加した。『仮面ライダーオーズ/OOO』以降は4作品連続で最多演出を果たした。また、『忍風戦隊ハリケンジャー』をはじめとしてパイロット組の次の回を演出する機会も多い。近年では『炎神戦隊ゴーオンジャー』、『侍戦隊シンケンジャー』、『仮面ライダーW』、『天装戦隊ゴセイジャー』と4シリーズ連続で担当、通算8シリーズでセカンドパイロットを担当している。2015年の『仮面ライダーゴースト』では仮面ライダーシリーズのパイロット監督を初担当した[2][3][4]。仮面ライダーシリーズのローテーション監督となってからは、スーパー戦隊シリーズからは完全に離れていたが2021年の『機界戦隊ゼンカイジャー』への参加をきっかけに、同シリーズに11年ぶりに携わった。

2002年に結婚[5]

人物・エピソード

作品

脚注

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