諸葛均
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『三国志』蜀書に兄の諸葛亮の伝があり、その中に諸葛均についての記述も見られる。幼い時に父の諸葛珪を亡くしたため、諸葛亮と共に従父の諸葛玄を頼った。諸葛玄は袁術から豫章太守に任じられ、2人を連れて同地へ赴任した。
後に出仕したが、長水校尉の官に昇ったことしか定かではない。それも劉備・劉禅父子に仕えた諸葛亮の伝に記述されることから、諸葛均も兄に続いたことは推定される。しかし劉備は章武元年(221年)に蜀漢の皇帝として即位するが[1]、諸葛均がその時代を跨ぐのかも不明となっている。
清の張澍が著した『編集諸葛忠武侯文集自序』には、諸葛均には諸葛望という子がいたこと、妻は南陽郡の人で、林氏または習氏であったことが記されている。