1997年(平成9年)時点では、バス停留所が位置と名を残すのみで痕跡はなくなっていた[7]。2007年(平成19年)8月時点[8]、2010年(平成22年)時点でも同様であった[9]。
また、1997年(平成9年)時点では、銭取駅跡附近から都田口駅跡附近まで、当駅跡附近を含む線路跡は拡幅され、自動車も通れる大きな市道[5]に転用され、痕跡はなくなっていた[7]。2007年(平成19年)8月時点[8]、2010年(平成22年)時点でも同様であった[9]。曳馬野駅跡から都田口駅跡附近までは、三方原台地を一直線に貫いていた[7]。