貝焼き味噌
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歴史
江戸時代に陸奥湾の漁師が、ホタテガイの貝殻を鍋代わりにして魚の切り身を出汁と味噌で煮たのが始まりとみられている[2][3]。元禄2年(1674年)の『江戸料理集』には、貝を煮て鶏卵を流し入れる「玉子貝焼」と味噌を出汁で溶いて貝を煮る「味噌貝焼」が記載されており、現在の貝焼き味噌は両者を合わせたようなレシピとなっている[2]。これについては、時代が下って鶏卵の入手が容易になり、現在のような形になったと見られる[2]。
鶏卵が貴重だった頃は、病人や産後の女性が栄養食として食べていた[1]。太宰治の『津軽』にも、病人が貝焼き味噌を粥にかけて食べる描写がある[1]。 大正末期から昭和初期頃の食生活をまとめた『聞き書 青森の食事』は、平舘村で、出産後三日目から、やわ飯に、かやぎ(貝焼き)味噌と豆腐を食べる慣習を記録している[4]。
