車吉章
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富山県立高岡商業高等学校卒業後[2]、名古屋市内の専門学校を経て、旅行会社に就職する[3]。旅行会社を退職後、アナウンスの仕事に興味を持ち、富山県内の放送局やイベント会社を回る中で野尻博と出会い、富山県内で開催する式典、イベント、結婚式や建設工事の神事などの司会を務めるようになる[3]。司会者としての最初の仕事は29歳のときの商店街でのイベントだった[3]。1992年のジャパンエキスポ富山にも司会者の一人として参加する[4]。
石川県、富山県などのラジオのパーソナリティなどを担当、2011年には声優の野村道子を講師に迎えた「声塾」を企画する[5][6]。受講者には実際にテレビやラジオに出演したものもいる[7]。
2024年1月1日発生の「令和6年能登半島地震」では、3日後にラジオななおで4時間生放送パーソナリティーを担当[8][9]。被災地に最も近いコミュニティFMとして給水情報などを放送する[9]。
2025年の元日はNHKラジオ第一「ラジオで始まる2025」に渋谷放送センタースタジオから生出演し、そのまま東京羽田から能登空港へ移動し、珠洲市、能登町、穴水町から七尾まで現地レポートなどをした[10]。同年にはには被災地の輪島市町野地区で北陸総合通信局が行った「まちのラジオ」の実証実験で、武内陶子とともに司会を担当した[11]。
人物
- 旅行会社の退職後にアルバイトをしていた喫茶店の常連客にフリーアナウンサーがおり、この客との会話がきっかけでアナウンスの仕事を目指すことになった[3]。
- 一時期は東京までアナウンサーの個人レッスンを受けたが、金銭的・時間的制約から3か月で断念、以降は、NHKニュースを録音して繰り返し真似をするなどの独学でアナウンス技術を習得した[5]。この経験から、大都市以外にも声優やアナウンサーを目指せる場所が必要と考え、2011年に声塾を開講する[5]。
- 令和6年能登半島地震では、放送前に街を歩いて被災者が求めているのは、他局のように外から被災地を見た情報ではなく、トイレの場所やどこで水が飲めるかといった被災地内部に向けた情報であることを知り、情報の発信だけではなく着信まで意識するようになる[9]。
主なラジオ・テレビ出演
2020年時点で石川県、富山県、沖縄県でラジオパーソナリティーとして出演番組を持つ[3]。また、2023年に第49回日本ケーブルテレビ大賞番組アワード奨励賞を受賞した高岡ケーブルネットワークの『Do You Knowエネル原人』に所長役として出演している[12][13]。
- 介護の窓口(毎週火曜日18:00〜、木曜日10:30〜、土曜日9:30〜:富山シティエフエム、エフエムとなみ)
- 七尾もしもし探検隊(毎週木曜日11時 - 14時:ラジオななお)
- Do You Knowエネル原人(高岡ケーブルネットワーク、所長役)
- Aoiのハッピースカイブルー(毎月第4火曜日:fm21(沖縄県浦添市))
- ラジオ版"会宝通信"(ラジオかなざわ)
- もっと知りたい県民共済ラジオかなざわ)
- 週刊"奥川恭伸"情報(ラジオかなざわ)
- 聞いてなるほど七尾だより(ラジオななお)
- ようこそ石動山へ(ラジオななお)
- 「北脇貴士」の週刊"輝"情報(ラジオななお)
過去の担当番組
テレビ
- 春の高校バレー「コーチングキャラバン」(BSフジ)
- メイシーちゃんの絵本シリーズ(カートゥーンネットワーク)
- BBTスペシャル(富山テレビ放送)
- とやまDASH!! フォーカス・イン(富山テレビ放送)
- にょきにょきタイムズ(ケーブルテレビ富山)
- 全国春の中学生ハンドボール選手権大会 開会アトラクション総合司会 など
ラジオ、イベント
講師
- 富山福祉短期大学
- 高岡ビジネススクール
- 富山情報ビジネス専門学校( - 2009年)
- 金沢ビューティーアカデミー( - 2008年)
- 福井ビューティーアカデミー( - 2008年)