概ね標茶町と弟子屈町の境界が走る尾根の途中で南に派生する長大な尾根から標茶町市街地付近で東に逸れたところに位置し、南側の山麓は駒ヶ丘公園が整備されている。
1908年に集治監が網走に移転したことにより激しい衰退が見られた熊牛村(現標茶町)に軍馬補充部川上支部が設置されてからは、馬産は熊牛村の経済を支える一大産業となった歴史があり[1]、標茶町は軍馬に大きな縁があることから名付けられたと考えられる。
軍馬山は駒ヶ丘公園の敷地外であるものの公園から遊歩道が伸びており山頂まで行くことができる。山頂標識も設置されているが遊歩道から若干遠く目視はできるが標識手前まで行くには少し笹藪を漕ぐ必要がある。