軽海西城
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築城年代は不明。中世には稲葉氏が数代にわたって居城とし、1468年(応仁2年)に稲葉氏が東濃へ移った後は、斎藤道三が在城したという[2]。1559年(永禄2年)には織田信長と斎藤龍興の勢力争いが当地であり、翌1560年(永禄3年)に織田家の家臣・池田恒興の家老である片桐俊元が修築して居城とした。俊元はやがて池尻(現・大垣市)へ移り、1589年(天正17年)に豊臣秀吉の家臣・一柳直末が大垣城から軽海西城に移って6万石を領した。直末は翌1590年(天正18年)の小田原征伐で戦死し、城は廃城となった。その後、1640年(寛永17年)に城跡に円長坊が建てられ、宝暦年間に円長寺となって現在に至る。昭和初期には城郭の遺構も一部に残っていた。
