軽海西城

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別名 特になし
城郭構造 平城
築城年 不明
主な改修者 片桐俊元
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軽海西城
岐阜県
別名 特になし
城郭構造 平城
築城年 不明
主な改修者 片桐俊元
主な城主 稲葉氏斎藤道三片桐俊元一柳直末
廃城年 1590年天正18年)
遺構 土塁
指定文化財 本巣市指定史跡[1]
位置 北緯35度25分46.46秒 東経136度39分17.86秒 / 北緯35.4295722度 東経136.6549611度 / 35.4295722; 136.6549611
軽海西城の位置(岐阜県内)
軽海西城
軽海西城
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軽海西城(かるみにしじょう)は、岐阜県本巣市にあった日本の城平城)。城跡には円長寺が建立されている。1970年(昭和50年)4月15日付で本巣市指定史跡[1]

築城年代は不明。中世には稲葉氏が数代にわたって居城とし、1468年応仁2年)に稲葉氏が東濃へ移った後は、斎藤道三が在城したという[2]1559年永禄2年)には織田信長斎藤龍興の勢力争いが当地であり、翌1560年(永禄3年)に織田家の家臣・池田恒興家老である片桐俊元が修築して居城とした。俊元はやがて池尻(現・大垣市)へ移り、1589年天正17年)に豊臣秀吉の家臣・一柳直末大垣城から軽海西城に移って6万石を領した。直末は翌1590年(天正18年)の小田原征伐で戦死し、城は廃城となった。その後、1640年寛永17年)に城跡に円長坊が建てられ、宝暦年間に円長寺となって現在に至る。昭和初期には城郭の遺構も一部に残っていた。

なお、かつて城の東方には軽海東城があり、加留美長勝、朝倉高清安藤守宗安藤守就の次男)などが拠ったとされる[3]

所在地

アクセス

脚注

参考文献

関連項目

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