逃亡

束縛や義務などから逃げ、身を隠すこと From Wikipedia, the free encyclopedia

逃亡(とうぼう)とは、束縛義務などから逃げ、身を隠すこと。

概要

重大犯罪で嫌疑をかけられた者が政府等の権力を持つ勢力から身柄拘束を求められた際に、刑事施設勾留されたり刑罰を受けるのを避けて自由を得るために、逃亡をする場合がある。

日本の事例

日本では一度身柄を拘束された後に逃亡すると逃走の罪であり、犯罪嫌疑がかかっていることが明らかな人間の逃亡の手助け(逃亡支援)をすると犯人隠匿罪に該当する。

刑事訴訟法第61条では、被告人の勾留は被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければ原則行うことができないが、同条但し書きで被告人が逃亡した場合は被告人に対し被告事件を告げなくても行うことができる。道路交通法第125条では、道路交通法違反をした運転者に対留守交通反則通告制度における違反者への告知では、反則行為となるべき事実の要旨及び当該反則行為が属する反則行為の種別を違反者に通告しないと原則行うことができないが、逃亡するおそれがあるときは例外として通告しなくても行うことができる。

日本で公開指名手配されて日本国内で長期逃亡した例

以下では日本国内で指名手配されて、5年以上逃亡し身柄が確保された例について記載する。

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日本で公開指名手配されて日本国内で長期逃亡した例
事件(逃亡者名[注 1]逃亡期間身柄確保場所逃亡年数
連続企業爆破事件桐島聡1975年5月23日 - 2024年1月25日神奈川県鎌倉市約49年間
渋谷暴動事件(大坂正明)1972年2月 - 2017年5月18日広島県広島市約45年間
ハーグ事件重信房子[注 2]1974年 - 2000年11月8日大阪府高槻市約26年間
オウム真理教事件高橋克也1995年5月22日 - 2012年6月15日東京都大田区約17年間
オウム真理教事件(菊地直子1995年5月22日 - 2012年6月3日神奈川県相模原市約17年間
オウム真理教事件(平田信1995年5月31日 - 2012年1月1日東京都千代田区約16年間
宅見若頭射殺事件(1名)1997年 - 2013年6月5日埼玉県狭山市約16年間
松山ホステス殺害事件福田和子1982年 - 1997年7月29日福井県福井市約15年間
新宮南組組長代行射殺事件(1名)1999年 - 2014年7月23日愛知県高浜市約15年間
岐阜ホステス殺害事件[注 3](1名)1984年 - 1998年9月30日埼玉県蕨市約14年間
朝霞自衛官殺害事件滝田修1972年1月9日 - 1982年8月8日神奈川県川崎市約11年間
大阪市北区暴力団銃撃事件[1](1名)1996年 - 2006年10月14日秋田県羽後町約10年間
東京不動産会社社長殺害事件(1名)1979年4月 - 1989年11月28日滋賀県約9年間
平塚市女性暴行致傷事件(1名)1999年 - 2008年8月15日東京都新宿区約9年間
テレクラ放火殺人事件(1名)2000年5月 - 2008年7月28日愛媛県新居浜市約8年間
東京・山梨連続リンチ殺人事件(1名[注 4]2000年9月 - 2011年11月1日千葉県成田市約8年間
千葉市中央区警官ひき逃げ事件(1名)2003年 - 2009年9月29日北九州市小倉北区約7年間
連続企業爆破事件宇賀神寿一1975年5月23日 - 1982年7月13日東京都板橋区約7年間
堺市夫婦殺害事件(1名)1998年 - 2005年7月 約7年間
加藤三郎連続爆破事件加藤三郎1976年 - 1983年5月 約7年間
宅見若頭射殺事件(1名)1998年 - 2004年10月26日大阪府豊中市約6年間[注 5]
大阪替え玉殺人事件[注 6](1名)2002年5月 - 2007年10月25日東京都江東区約5.5年間
成田両親殺傷事件[2](1名)2003年12月25日 - 2009年5月9日神奈川県平塚市約5年間
杉並資産家老女殺害事件(2名)1990年2月28日 - 1995年6月28日茨城県千代田町約5年間
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アメリカの事例

1974年、警官への発砲の罪で有罪が確定し、収容されていた男がコロラド州の矯正施設から脱獄2020年に逮捕されるまで40年以上逃亡していた事例がある[3]

元ナチス党員らの事例

第二次世界大戦中にナチス・ドイツホロコーストに関与した元ナチス党員、元親衛隊隊員らの多くは、戦後、追及を逃れるために国内、遠くは南アメリカまで逃亡した。長期間逃亡後に補足された事例は、ナチ・ハンターの項を参照のこと。

逃亡を題材とした作品

脚注

関連項目

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