透明人間 (小説)

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透明人間』(とうめい にんげん、原題:The Invisible Man)は1897年に発表されたH・G・ウェルズの中編小説。透明人間になることに成功した傲慢な科学者が元に戻ろうとして起こす騒動を描いたSF小説。ウェルズの代表作の1作であり、フィクションにおける「透明人間」という題材を作り出したと評され、また、無差別かつ無責任な暴力を振るうキャラクターという類型はホラー小説の象徴的なものにもなっている。

著者H・G・ウェルズによれば、劇作家・詩人ウィリアム・S・ギルバートの詩集『Bab Ballads』に収録されている「The Perils of Invisibility」(直訳:不可視の危険性)に着想を得たとしている。この中には「Old Peter vanished like a shot/but then – his suit of clothes did not.」(老ピーターは弾丸のように消えた。しかし、彼の服は消えなかった。)という二行連の箇所がある[1]。 また、プラトンの『国家』も影響を与えたとされる。この中で、もし人間が透明になれたならば何ら罰を受けることはなく、「神の力を持って人々の中を歩き回れるであろう」という「ギュゲスの指輪」のエピソードがある。『国家』はウエルズが思春期に影響を受けた作品として知られている[2]

本作の初稿は1896年の3月から6月の間に執筆され、当初のタイトルは『The Man at the Coach and Horses』(御者と馬宿の男)という25,000語の短編小説であった。しかし、ウェルズは満足せずに加筆し、現在のものを完成させた[3]

本作以前の『タイム・マシン』や『モロー博士の島』が一人称小説であったのに対し、本作は三人称視点である[4]

ジョン・サザーランド英語版は、ウェルズの同時代の作家、例えばアーサー・コナン・ドイルロバート・ルイス・スティーヴンソンラドヤード・キップリングにも見られるように大人向けの少年小説を書いていたと指摘し、本作もその1つであると指摘している[5]

プロット

イギリスはウェスト・サセックスにあるアイピング村。ある吹雪の日、ホール夫妻が経営する宿屋に「グリフィン」と名乗る男が後払いでの長期宿泊を求めてやってくる。彼はトレンチコートにつば広帽、手袋をしている上に、全身は包帯に巻かれており、さらにサングラスをしている不気味な男であったが、夫妻は客として受け入れる。グリフィンは短気な男で他者との接触を拒み、部屋に引きこもる。そして日中は何らかの科学実験をして過ごし、夜にのみ外出する。実験ではよく事故を起こして夫妻に後始末を行わせるが、特に謝罪や感謝はせず、損害請求は宿泊の請求書に含めろと横柄な態度をとる。そんな奇妙な男の話はまたたく間に村に広がり、その正体を巡って村人たちは噂しあう。一方、村では牧師館に強盗が入る事件が発生するが容疑者は見つからない。

ホール夫妻はツケが溜まり始めているためグリフィンに朝食の提供を取りやめ、これまでの精算を求める。まったく身銭のない空腹のグリフィンは激怒するあまり、自分の正体が透明人間であることを明かす。夫妻に呼ばれていた巡査がグリフィンを逮捕しようとするが、彼は服を脱ぎ捨てたことでまったく視認できなくなり、逃げおおせる。近隣のサウスダウンズまで来たグリフィンは浮浪者のトーマス・マーベルという男を脅迫し、手下とする。そして宿屋に置いてきてしまった3冊のノートを回収するようマーベルに命じる。ノートを回収したマーベルであったが、グリフィンを裏切ろうとし、彼の逆鱗に触れる。逃亡し、海辺の町ポート・バードックの宿屋に逃げ込むが、その際の混乱で銃撃戦が起こる。事態に驚いたグリフィンは近くの民家に隠れるが、偶然にも家主は、旧知のケンプ博士の家であった。

グリフィンはケンプに自分が医学部時代の同級であることを明かし、身体を透明にする薬品を開発した経緯を話す。透明人間となった後、痕跡を消すために下宿を焼き払い、演劇用品点から服を盗んだことなどを明かす。そして今は元の身体に戻ろうと悪戦苦闘しており、そのためアイピング村で研究を続けていたが上手くいっていなかった。既にまともな判断能力を失いかけていたグリフィンはケンプを共犯者にできるのではないかと思い始め、透明人間であることを利用して国家を恐怖に陥れる計画まで説明する。しかし、ケンプは既に警察にグリフィンのことを伝えており、彼の話を聞くことで警察当局が到着するまでの時間稼ぎをしていた。アディ署長は部下と共にケンプの家に乗り込むも、グリフィンは脱出に成功する。

激怒するグリフィンは恐怖計画における最初の犠牲者をケンプとすることを予告する。対するケンプは自らを囮にしてグリフィンを捕まえることを決意する。ケンプの従僕からこの計画を知ったグリフィンは彼の裏をかき、村人を撲殺し、さらにアディを銃で撃つ。しかし、アディの部下たちが果敢に対応する。村への逃げ出したケンプをグリフィンは追いかけ首を締めるも、激怒した群衆たちが襲いかかり、彼は捉えられリンチを受ける。慈悲を乞う声にケンプはグリフィンを救おうとするも無駄に終わり、彼はそのまま死亡する。それと同時に透明化が解け、暴行で傷だらけの男が姿を表し、警察は彼をシーツにくるむ。

最後に物語は後日談としてマーベルのことが語られる。彼は盗んだ金を元手に「透明人間」と名付けたの宿を始め、生計を立てることに成功していた。さらにグリフィンのノートも手にしており、さらなる利益のため透明人間化の方法を手に入れようと結婚もせず解読を試みている。しかし、ギリシャ語とラテン語で書かれた暗号を無学なマーベルが解けることはないことが示唆され、物語は終わる。

題名

原題は The Invisible Man であり、直訳すれば『目に見えない人間』『不可視の人間』となる。『透明人間』という日本語訳題は、本作を原作とする1933年のアメリカ映画が翌1934年(昭和9年)に日本で公開されたときに採用され、それが定着したものと考えられている[6]。物理学者の寺田寅彦は、「透明」と「不可視」では物理学的に意味が異なり、透明な物体でも、空気と屈折率が一致しなければ目には視えるので、訳題として『透明人間』は不適当で『不可視人間』とすべきだと主張している[7]。作家の海野十三も、小説『ふしぎ国探検』(1947 - 48年)の中で、作中人物に「透明というんではない。ほんとうは見えない人だ」と語らせている[8]

考証

ウェルズによる透明人間の設定は、生物を構成する物体の屈折率を空気と同等にすることで、肉眼には見えなくさせる、というものであるが、この設定では、眼球の水晶体がレンズとして機能しないことになり、したがって網膜も機能せず視力を持つことが出来ない。この設定上の問題点は、寺田寅彦[7]アーサー・C・クラーク[9]ヤコブ・ペレルマン[10]など多くの論者が指摘している。作者ウェルズ本人もこの問題には気づいており、作家アーノルド・ベネットから「体中透けて見えなくなってしまえば、瞼も透けるのだから目を閉じたって意味がないではないか」と指摘された際に、「実はあの物語には、すべてを不可能にしてしまうもっと大きな問題点がある。つまり、いくらかでも水晶体を変化させてしまえば、像を結ぶ反射板たる網膜などの機能が働くなって盲目になる」と語ったという[11]

翻案作品

本作は映画・テレビ・オーディオドラマ・コミックなど、多様に翻案や引用されてきた。アルフレッド大学英語版の英文学教授アレン・グローヴは次のように述べている。

『透明人間』には多様な子孫がいる。この小説は1950年代にクラシックス・イラストレイテッドによって、また1976年にはマーベル・コミックスによってコミックの形式で翻案された。小説のぼかした結末は、多くの作家や映画製作者に続編を創作する機会を与えた。この小説に基づく映画やテレビシリーズは十数本以上存在し、1933年のジェイムズ・ホエール監督の映画や、BBCによる1984年のシリーズなどを含む。ラジオドラマとしても数多く翻案され、、2017年のオーディオ版ではジョン・ハートが透明人間役を演じた。(中略)『トムとジェリー』のエピソードから、クイーンの楽曲『インビジブル・マン』に至るまで、透明人間は文化的に浸透している。 Wells, H.G. (2017b). The Time Machine and The Invisible Man. Race Point Publishing. p. xvi 

映画化

なお、1954年の日本映画『透明人間』(小田基義監督)及び2000年の『インビジブル』(ポール・バーホーベン監督)は本作とは直接無関係。1992年のアメリカ映画『透明人間』(ジョン・カーペンター監督)の原作は、本作ではなくH・F・セイントの小説『透明人間の告白英語版』である。

日本語訳

出版年 タイトル 書籍名 出版社 文庫名 訳者 ISBNコード 備考
1913年 ?の人 : 科学小説 東亜堂書房 堀口熊二
1941年 透明人間 三邦出版社 ウエルズ科学小説叢書 土屋光司
1956年 透明人間 世界大ロマン全集7 東京創元社 世界大ロマン全集 宇野利泰
1964年 透明人間 東京創元社 創元推理文庫 宇野利泰
1963年 透明人間 透明人間 : 他三篇 角川書店 角川文庫 石川年
1978年 透明人間 早川書房 ハヤカワ文庫 SF H.G.ウエルズ傑作集 宇野利泰
1992年 透明人間 岩波書店 岩波文庫 橋本槙矩 ISBN 4-00-322762-X
児童書
出版年 タイトル 書籍名 出版社 文庫名 訳者 ISBNコード 備考
1957年 透明人間 ポプラ社 世界名作探偵文庫 海野十三
1959年 とうめい人間 日本書房 学級文庫 吉村貞司
1959年 透明人間 金の星社 ひらかな世界名作 山本藤枝
1961年 とうめい人間 日本書房 学年別世界児童文学全集 吉村貞司
1962年 透明人間 宇宙戦争 偕成社 世界推理・科学名作全集 白木茂 宇宙戦争』との合冊版
1962年 透明人間 ポプラ社 世界推理小説文庫 海野十三
1966年 とうめい人間 日本書房 学級文庫の四、五年文庫 吉村貞司
1972年 透明人間 講談社 少年少女講談社文庫 福島正実
1972年 透明人間 朝日ソノラマ 少年少女世界恐怖小説 南山宏
1977年 透明人間 旺文社 旺文社文庫 橋本槙矩
1977年 透明人間 春陽堂書店 春陽堂少年少女文庫 世界の名作・日本の名作 瀬川昌男
1982年 透明人間 ポプラ社 ポプラ社文庫 海野十三
1986年 透明人間 金の星社 世界こわい話ふしぎな話傑作集 瀬川昌男 ISBN 4-323-00664-0
1991年 透明人間 岩崎書店 フォア文庫 南山宏 ISBN 4-265-01079-2
1996年 透明人間 集英社 子どものための世界文学の森 唐沢則幸 ISBN 4-08-274033-3
1998年 透明人間 講談社 青い鳥文庫 福島正実、桑沢慧 ISBN 4-06-148485-0
2003年 透明人間 偕成社 偕成社文庫 雨沢泰 ISBN 4-03-652480-1
2007年 透明人間 宇宙戦争 ポプラ社 ポプラポケット文庫 段木ちひろ ISBN 978-4-591-09905-6
2008年 透明人間 齋藤孝のイッキによめる!音読名作選小学1年生 講談社 齋藤孝のイッキによめる!音読名作選 福島正実、桑沢慧 ISBN 978-4-06-214824-5
2025年 透明人間 Gakken 10歳から読むエンタ名作 紅露沙依 ISBN 978-4-05-206180-6

脚注

関連項目

外部リンク

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