遠山向人
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| 熊本ヴォルターズ HC | |
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| 役職 | ヘッドコーチ |
| 基本情報 | |
| 愛称 | エンワンおじさん |
| 日本語 | 遠山向人 |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1983年1月19日(42歳) |
| 出身地 | 北海道旭川市 |
| 経歴 | |
| コーチ時代: | |
| 2008-2010 | 浜松・東三河フェニックス |
| 2010-2012 | 宮崎シャイニングサンズ |
| 2012-2013 | 琉球ゴールデンキングス |
| 2013-2014 | バンビシャス奈良 |
| 2014-2017 | 滋賀レイクスターズ |
| 2017-2020 | 名古屋ダイヤモンドドルフィンズ |
| 2020-2021 | 琉球ゴールデンキングス |
| 2021-2022 | 熊本ヴォルターズ(AC) |
| 2022-2024 | 熊本ヴォルターズ |
| 2024.6-12 | 熊本ヴォルターズ(AC) |
| 2024.12- | 熊本ヴォルターズ(HC) |
遠山 向人(とおやま こうと、1983年〈昭和58年〉1月19日 - )は、日本のプロバスケットボール指導者。北海道旭川市出身。B.LEAGUE・熊本ヴォルターズでヘッドコーチを務めている。
旭川工業高校卒業。札幌大学では4年連続でインカレに出場を果たし、4年次には全日本学生選抜北海道選抜の主将も務める。さらに北海道学生バスケットボール連盟強化委員長も兼任した。[要出典]
卒業後の2005年、オーエスジーにバスケットボール部マネージャーとして入社。
2008年にbjリーグへ転籍し、「浜松・東三河フェニックス」となると、アシスタントコーチに就任。2009-10シーズンにはbjリーグ初優勝。
2010年、新規参入球団・宮崎シャイニングサンズの初代ヘッドコーチに就任。bjリーグHCとしては最年少の27歳で就任となる。[要出典]2011-12シーズンまでの2シーズン指揮を執り、成績は2シーズンともウェスタン8位だった。
2012年6月、琉球ゴールデンキングスヘッドコーチに就任。2012-13シーズン、ウェスタンカンファレンスで1位となったが、プレイオフ・カンファレンスセミファイナルで敗れて退団。
2013年6月、新規参入チームのバンビシャス奈良の初代ヘッドコーチに就任。2013-14シーズンはウェスタン9位。
2014年6月、滋賀レイクスターズと2015-16シーズンまでの2年契約を結び、ヘッドコーチに就任[1]。
2017年オフ、滋賀と契約満了、名古屋ダイヤモンドドルフィンズのアソシエイトヘッドコーチに就任[2]。
2020年オフ、名古屋と契約満了[3]、琉球ゴールデンキングスのアシスタントコーチに就任[4]。
2021年オフ、琉球と契約満了、熊本ヴォルターズのアシスタントコーチに就任[5]。
2022年8月、ドナルド・ベックの指導者養成コーチへの転任により熊本ヴォルターズのヘッドコーチに就任[6]。レギュラーシーズンを35勝25敗(勝率0.583)、西地区3位(全体5位)で終え、プレーオフ進出を決めるもクオーターファイナルで敗れる。
2023年オフ、熊本との契約を継続[7]。「観る人が感動したり、子供たちが喜んだり、皆さんの心が動く美しいチームを目指す」よう尽力するとしたが、プレシーズンゲームから選手の負傷・離脱が相次ぎ、レギュラーシーズンは順位こそ前季と同じ西地区3位(全体5位)だったが、前季を下回る33勝27敗(勝率0.55)にとどまった。プレーオフへの進出はなったが、クオーターファイナルでいずれも100失点を喫し大敗した。
2024年6月、ジェフリー・ヒロナカのHC就任に伴い熊本のアシスタントコーチに就任[8]。12月、ヒロナカの辞任をうけてHCに就任した[9]。交代後の勝率は6割を超え、ワイルドカード下位に滑り込みプレーオフ進出は果たしたが、クオーターファイナルで連敗し[10][11]B1昇格を逃した。翌シーズンはリーグ規定により昇降格が停止されているため、熊本の自力によるB1昇格の可能性は消滅した。
2025年6月、熊本との契約を継続[12]。