遠藤大志

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愛称 タイシ[1]
カタカナ エンドウ タイシ
ラテン文字 ENDO Taishi
国籍 日本の旗 日本
遠藤 大志
名前
愛称 タイシ[1]
カタカナ エンドウ タイシ
ラテン文字 ENDO Taishi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-03-31) 1980年3月31日(45歳)
出身地 千葉県我孫子市
身長 183cm[2]
体重 78kg[2]
選手情報
ポジション GK[2]
利き足 右足[3]
ユース
1995-1997 日本の旗 市立船橋高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2006 日本の旗 東京ガス/FC東京 0 (0)
2007-2009 日本の旗 モンテディオ山形 0 (0)
2010-2011 日本の旗 ソニー仙台 5 (0)
通算 5 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

遠藤 大志(えんどう たいし、1980年3月31日 - )は、千葉県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー(GK)

小学2年生の時にサッカーを始める[4]1995年市立船橋高校へ進学。1996年度の全国高校選手権には2年生ながら正GKとして出場し、決勝戦では粘り強い守備で中村俊輔が牽引する桐光の反撃を1点に抑え優勝を果たした[5]。同期には山根伸泉。また、千葉県選抜として国体に2年連続で出場[6]

1998年東京ガスFC社員選手として加入。1999年12月の天皇杯初芝橋本高校戦の後半からピッチに立ち公式戦デビューを果たした[7]2000年からは土肥洋一が正GKとして定着したため出場機会を得られずにいたが、2005年になって自ら退路を断ち、プロ選手契約を結んだ[4]。この年はGK陣の中で唯一、シーズンを通して離脱せずに(土肥は日本代表招集のためにチームを離れた)練習に取り組み[1]プレシーズンマッチバイエルン・ミュンヘン戦にフル出場[8]。クラブ加入8年目にして初の先発出場となった[9]。手応えと課題を掴み[10]リーグ戦でのベンチ入りを続けていたが[11]2006年に入ると負傷から復帰した塩田仁史が台頭し[12]Jサテライトリーグ草津戦ではFWとして途中出場するなど[13]GKの3番手に追いやられ、この年限りで契約を打ち切られた[14]

Jリーグのトライアウトに参加したのち[15]2007年からJ2・モンテディオ山形へ完全移籍[3][6]。山形では清水健太に次ぐ第2GKとしてベンチ入りを続け[16][17]、高い集中力で練習に臨む姿勢とサテライトリーグでの安定したプレーぶりから[18]、天皇杯で起用された。2009年、山形はJ1に昇格し、8年ぶりにJリーグヤマザキナビスコカップに参加。グループリーグ第5節のFC東京戦で遠藤が先発に抜擢され、古巣との対戦に臨んだ[19]。この年限りで契約満了により退団[20]

2010年より日本フットボールリーグソニー仙台FCへ、選手兼GKコーチとして完全移籍[21]。同年5月4日のJFL前期第9節のV・ファーレン長崎戦で初めてリーグ戦での出場を果たした。2011年をもって選手登録を抹消し、翌2012年よりコーチ専任となった。2014年にGK-B級ライセンス[22]、2015年にGK-A級ライセンス[23]、2016年にはA級ジェネラルライセンスを取得し[24]同年限りで退任[25]

2017年、流通経済大学サッカー部GKコーチに就任[26]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1997市立船橋高----1010
1998東京ガス29旧JFL00-0000
1999FC東京21J200001010
2000J100000000
200100000000
200200000000
200300000000
200400000000
200500000000
20063100000000
2007山形21J200-1010
200800-1010
2009J100100010
2010S仙台31JFL50-0050
201100-0000
通算日本J1 00100010
日本J2 00003030
日本旧JFL 00-0000
日本JFL 50-0050
日本 --1010
総通算 501040100

タイトル

指導歴

脚注

関連項目

外部リンク

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