選定保存技術

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選定保存技術(せんていほぞんぎじゅつ)は、日本の文化財保護法に基づき、文化財の保存のために欠くことのできない伝統的な技術または技能のうち、保存の措置を講ずる必要があるものとして選定される文化財保護制度である[1][2]文部科学大臣が技術を選定し、その技術を正しく体得し精通した個人を保持者、当該技術または技能の保存を主たる目的とする団体を保存団体として認定する[1]。文化財そのものだけでなく、それらの修理・復旧・復元・模写・模造に必要な技術、さらに材料の生産や用具の製作・修理に関わる技術まで保護対象に含める点に特徴がある[2][3][4]

選定保存技術は、文化財そのものの指定・選定とは異なり、文化財を保存し継承するための技術基盤を保護する制度である。文化庁は、この制度を、文化財の保存に欠くことのできない伝統的な技術または技能を保護し、伝承者養成、技術の錬磨、記録作成、普及啓発などを通じてその継承を図る仕組みとして説明している[2][5]

畳の補修作業。選定保存技術は、文化財そのものだけでなく、その保存に必要な周辺技術も対象とする。

対象は広く、有形文化財の修理技術だけでなく、無形文化財無形民俗文化財の表現に必要な用具や材料の製作技術も含まれる。工芸技術保護の制度史に関する研究では、工芸技術の一部が無形文化財とは別に選定保存技術として位置づけられてきたことが指摘されており、選定保存技術は文化財体系の中で「文化財を支える技術」を担う独自の枠として理解できる[6][4]

沿革

選定保存技術制度は、1975年(昭和50年)の文化財保護法改正によって創設された[7]。無形文化財保護の制度史に関する研究では、この改正により、無形文化財の中から文化財の保存技術が分離して扱われることとなり、選定保存技術は無形文化財保護の展開の中で成立した制度として位置づけられている[7]

制度創設の意義については、文化財は保存に必要な道具の製作や修理、材料の調達等も保護対象とすることで、包括的に保護する仕組みが整えられたとされる。これは、文化財そのものの指定・選定だけでは文化財の保存と修復が完結しないという認識が、法制度上も明確化されたことを意味する[3]。また、工芸技術保護の制度史に関する研究でも、昭和50年改正によって、作品や表現そのものに直接かかわる部分だけでなく、それを支える原材料、道具製作・修理、保存修復などの技術も文化財保護の枠内で扱われるようになったことが指摘されている[6][4]

その後、選定保存技術は建造物修理、美術工芸品修理、芸能用具・原材料製作などへ対象を広げつつ運用されてきた。2020年には、建造物分野の選定保存技術17件を構成要素とする「伝統建築工匠の技」がユネスコ無形文化遺産に登録され、選定保存技術の一部が国際的にも可視化された[2]

法的位置づけ

文化財保護法第147条は、文部科学大臣が、文化財の保存のために欠くことのできない伝統的な技術または技能で、保存の措置を講ずる必要があるものを選定保存技術として選定できると定める。また、その保持者または保存団体を認定することができるとしている[1]

この制度の特徴は、保護対象が文化財そのものではなく、文化財の保存を可能にする技術に置かれている点にある。研究では、修理や復元のみならず、保存に必要な道具の製作や材料の調達も保護対象となったと説明されている[3]。工芸技術保護の研究でも、重要無形文化財のような表現・作技そのものの保護だけでなく、原材料、用具、修理、周辺工程の技術を対象とする選定保存技術によっても支えられてきたと整理されている[6][4]

対象と具体例

文化庁の公表資料によれば、対象分野には建造物修理関係の茅葺檜皮葺屋根瓦製作、規矩術建具製作、製作のほか、美術工芸品修理関係の木造彫刻修理、漆工品修理、甲冑修理、表具用手漉和紙製作、唐紙製作、金銀糸・平箔製作などが含まれる[5]。選定保存技術に見られる技術としては、原材料をつくる技術、原糸材料から糸にする技術、道具を製作・修理する技術、染織品を保存・修復する技術などが挙げられており、制度の対象が作品制作そのものにとどまらず、周辺工程と保存工程にまで及んでいることが示されている[4]

近年の新規選定例としては、2024年の文化審議会答申で「屋根瓦製作(琉球瓦)」が新たに選定保存技術に選定され、八幡昇が保持者として認定された[8]

保護の内容

選定保存技術の保護は、名誉的認定にとどまらず、実際の継承事業と結びついている。文化庁は、保持者が行う後継者養成、記録作成・刊行等に対し経費支援を行い、保存団体に対しても伝承者養成、普及・啓発等の事業を補助している[2]。伝統工芸技術の記録と保存に関する研究でも、1975年改正で設けられた選定保存技術制度が、技術の継承だけでなく、記録化と保存の実務とも深く結びついていることが示されている[9]

現況

件数や保持者数・保存団体数は新規選定、追加認定、解除等により変動する。文化庁の令和7年1月1日現在のリーフレットでは、選定保存技術89件、保持者関係55件・67名、保存団体関係44件・48団体(実団体数40)と整理されている[5]

課題

文化庁は、保持者の高齢化、後継者不足、需要縮小、保存団体の組織基盤の弱さ、制度の認知度の低さなどを課題として挙げている[10]。同資料では、美術工芸品や無形文化財関係の選定保存技術は専門性が高く市場規模も小さいうえ、家業として零細に営まれるものが多く、交流や組織化が進みにくいことも指摘されている[10]。また、持続可能な文化財の保存と活用のための方策に関する第二次答申では、認定対象の拡大、研修支援の強化、用具・原材料確保への対応、周知・普及の充実などが今後の方向として示されている[11]

ユネスコ無形文化遺産との関係

選定保存技術は日本国内の文化財保護制度であり、ユネスコの無形文化遺産制度とは別個の制度である。ただし、2020年に登録された「伝統建築工匠の技」は、建造物分野の選定保存技術17件を構成要素としており、選定保存技術の一部が国際的な無形文化遺産の文脈でも評価されたことを示している[2][11]。研究上は、工芸技術や保存技術の保護は国内制度と国際的無形文化遺産概念の双方にまたがって理解されるべき領域でもあり、選定保存技術は、そのなかで「文化財を支える技術」を制度的に可視化した日本独自の仕組みとして位置づけられる[6]

ギャラリー

一覧

文化庁の公表資料では、選定保存技術は「有形文化財等関係」「無形文化財等関係」「有形文化財等関係及び無形文化財等関係」の3区分で整理されている[2][5]

有形文化財等関係選定保存技術

名称 保持者 認定年 出典
規矩術(近世規矩) 持田武夫、青木弘治 1993年、2021年 [12]
屋根瓦葺(本瓦葺) 寺本光男 2003年 [12]
建具製作 鈴木正 1999年 [12]
鋳物製作 大谷秀一 1999年 [12]
茅葺 隅田隆蔵 2002年 [12]
金唐紙製作 上田尚 2005年 [12]
石盤葺 佐々木信平 2005年 [12]
屋根板製作 栗山光博 2011年 [12]
檜皮採取 大野浩二 2014年 [12]
錺金具製作 森本安之助 2014年 [12]
建造物彩色 馬場良治 2014年 [12]
建造物漆塗 佐藤則武 2022年 [12]
竹釘製作 石塚直幸 2022年 [12]
手縫藁床製作 荒川有三 2023年 [12]
手織畳表製作 末山淳平 2023年 [12]
屋根瓦製作(琉球瓦 八幡昇 2024年 [12]
文化財石垣保存技術 栗田純司 2012年 [12]
美術工芸品保存桐箱製作 大坂重雄、小島登、前田泰一(前田友斎)、鈴鹿五郎 2014年、2022年、2022年、2024年 [13]
漆工品修理 北村繁、堂瀬和美、松本達跡 2021年、2024年、2024年 [13]
表具建具製作 村上潤一、臼井浩明 2021年、2023年 [13]
本藍染 森義男 1996年 [13]
木工品修理 桜井洋 1997年 [13]
甲冑修理 小澤正実、西岡文夫 1998年、2022年 [13]
刀装()製作修理 高山一之 2018年 [13]
美術工芸品錺金具製作 松田聖 2019年 [13]
唐紙製作 千田賢吉、小泉幸雄 1999年、2017年 [13]
表具刷毛製作 田中眞己 2010年 [13]
金銀糸・平箔製作 鳥原雄治 2017年 [13]
時代裂用縒糸製作 魚井剛 2018年 [13]
表具用手漉和紙(補修紙)製作 江渕策貫 2007年 [14]
表具用手漉和紙(美栖紙)製作 上窪良二 2009年 [14]
表具用手漉和紙(宇陀紙)製作 福西正行 2015年 [14]
表具用木製軸首製作 花輪滋實 2021年 [14]
美術工芸品保存箱紐(真田紐)製作 市村藤一 2021年 [14]
在来絹製作 志村明 2021年 [14]
表装漆塗(呂色塗) 新木郁雄 2022年 [14]

無形文化財等関係選定保存技術

名称 保持者 認定年 出典
雅楽管楽器製作修理 八幡運昌(八幡内匠) 2004年 [14]
雅楽弦楽器(和琴)製作修理 小川真紀夫 2014年 [14]
能楽小鼓(胴・革)製作修理 鈴木理之 1995年 [14]
能装束製作 佐々木洋次 2020年 [14]
歌舞伎床山 鴨治歳一 2003年 [14]
歌舞伎鬘製作 川口清次 2020年 [14]
琵琶製作修理 石田勝雄(四世石田不識) 2006年 [14]

有形文化財等関係及び無形文化財等関係選定保存技術

名称 保持者または保存団体 区分 認定年 出典
邦楽器糸製作 小篠敏之、橋本圭祐 保持者 2015年、2018年 [15]
上絵具製造 辻人之(辻昇窯) 保持者 2017年 [15]
手打製作 小島清子 保持者 2018年 [15]
烏梅製造 中面喜久 保持者 2011年 [15]
手機製作 西村種一、大城義政 保持者 2003年、2008年 [15]
蒔絵筆製作 村田重行 保持者 2010年 [15]
漆濾紙(吉野紙)製作 昆布尊男 保持者 1999年 [15]
研炭製造 木戸口武夫 保持者 2024年 [15]
文化財建造物修理 文化財建造物保存技術協会 保存団体 1976年 [16]
建築木工 文化財建造物保存技術協会、日本伝統建築技術保存会 保存団体 1976年、2021年 [16]
檜皮葺・柿葺 全国社寺等屋根工事技術保存会 保存団体 1976年、1980年 [16]
茅葺 全国社寺等屋根工事技術保存会、日本茅葺き文化協会 保存団体 1980年、2024年 [16]
茅採取 日本茅葺き文化協会 保存団体 2018年 [16]
建造物装飾 社寺建造物美術保存技術協会 保存団体 2007年 [16]
建造物彩色・建造物漆塗 日光社寺文化財保存会 保存団体 1979年、2016年 [16]
屋根瓦葺(本瓦葺) 日本伝統瓦技術保存会 保存団体 2007年 [16]
屋根瓦葺(琉球瓦葺) 琉球瓦葺技術保存会 保存団体 2024年 [16]
左官(日本壁) 全国文化財壁技術保存会 保存団体 2002年 [16]
建具製作 全国伝統建具技術保存会 保存団体 2008年 [16]
製作 文化財畳技術保存会 保存団体 2008年 [16]
木造彫刻修理 美術院 保存団体 1976年 [16]
装潢修理技術 国宝修理装潢師連盟 保存団体 1995年 [16]
装潢修理材料・用具製作 伝統技術伝承者協会 保存団体 2018年 [16]
表装裂製作 文化財修理表装裂継承協会 保存団体 2023年 [17]
浮世絵木版画技術 浮世絵木版画彫摺技術保存協会 保存団体 1978年 [17]
祭屋台等製作修理 祭屋台等製作修理技術者会 保存団体 2002年 [17]
文化財庭園保存技術 文化財庭園保存技術者協議会 保存団体 2002年 [17]
文化財石垣保存技術 文化財石垣保存技術協議会 保存団体 2009年 [17]
能装束製作 能装束製作技術保存会 保存団体 2023年 [17]
歌舞伎小道具製作 歌舞伎小道具製作技術保存会 保存団体 1996年 [17]
歌舞伎衣装製作修理 歌舞伎衣装製作修理技術保存会 保存団体 2002年 [17]
歌舞伎大道具(背景画)製作 歌舞伎大道具(背景画)製作技術保存会 保存団体 2002年 [17]
組踊道具・衣装製作修理 組踊道具・衣装製作修理技術保存会 保存団体 2009年 [17]
邦楽器原糸製造 木之本町邦楽器原糸製造保存会 保存団体 1991年 [17]
製作 邦楽器製作技術保存会 保存団体 2003年 [17]
三味線棹・胴製作 邦楽器製作技術保存会 保存団体 2023年 [17]
三味線製作修理 三味線製作修理技術保存会 保存団体 2022年 [18]
芹麻糸手績み 宮古芹麻績み保存会 保存団体 2003年 [18]
玉鋼製造 日本美術刀剣保存協会 保存団体 1977年 [18]
日本産生産・精製 日本文化財漆協会、日本うるし掻き技術保存会、特定非営利活動法人丹波漆 保存団体 1976年、1996年、2024年 [18]
阿波藍製造 阿波藍製造技術保存会 保存団体 1978年 [18]
植物染料(紅・紫根)生産・製造 日本民族工芸技術保存協会 保存団体 1979年 [18]
からむし(芋麻)生産・苧引き 昭和村からむし生産技術保存協会 保存団体 1991年 [18]
手漉和紙用具製作 全国手漉和紙用具製作技術保存会 保存団体 1976年 [18]
竹筬製作 日本竹筬技術保存研究会 保存団体 2017年 [18]
木炭製造 伝統工芸木炭生産技術保存会 保存団体 2014年 [18]
縁付金箔製造 金沢金箔伝統技術保存会 保存団体 2014年 [18]

脚注

参考文献

関連項目

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