那須国際カントリークラブ
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| 那須国際カントリークラブ Nasu Kokusai Country Club | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 所在地 |
栃木県那須郡那須町大字高久丙1792番地 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 開業 | 1962年(昭和37年)5月11日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 運営 | メンバーシップコース | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 設計 | 浅見 緑蔵、富沢 誠造 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 運営者 | 東急リゾーツ&ステイ株式会社 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 公式サイト | 那須国際カントリークラブ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
那須国際カントリークラブ(なすこくさいカントリークラブ)は、栃木県那須郡那須町にあるゴルフ場。運営会社の東急リゾーツ&ステイは、クラブハウスの建て替えとコースの改修のため、2024年(令和6年)12月15日の営業をもって一時閉鎖することを発表しており[1]、2028年春のリニューアルオープンを予定している[2]。
那須高原を一望できる旧山楽旅館は、1922年(大正11年)、北海道選出の代議士・三井徳峰によって創業された高級旅館で、敷地3千坪に延1千坪の木造2階建ての豪壮な構えだった[3]。現在も残る館内の30帖敷きの「御座所の間」は、大正の終わりの昭和天皇が東宮の頃、この座敷から那須高原を見渡したという記念の日本間である[3]。1925年(大正14年)、那須御用邸ができると、随伴の大臣などの高官たちは山楽に宿泊するのが習わしだった[3]。
その後、1953年(昭和28年)、山楽旅館が経営危機に陥ったとき、富士製鐵株式會社社長の永野護の仲介で、旅館を買い取ったのが木下商店社長の木下茂だった[3]。木下商店は東京八丁堀の鉄屋で、八幡製鐵株式會社や富士製鐵の指定問屋として知られていた[3]。1955年(昭和30年)代、木下商店は貿易商社・木下産商となり、木下商店は不動産中心として残り、子会社の「株式会社山楽」を設立し、ゴルフ場の経営に乗り出した[3]。
木下社長は、名門の「那須ゴルフ倶楽部」(1936年(昭和11年)開場、設計・井上誠一、藤田欽哉)は、土、日曜日はメンバーだけがプレーする、こちらはパブリックコースを造ろうと、赤字覚悟でのゴルフ場計画だった[3]。1969年(昭和34年)、ゴルフ場の建設用地30万坪を買収し、コース設計を富澤誠造に依頼し、その詳細設計を浅見緑蔵プロが担うことになった[3]。しかし、造成工事は苦難の連続だった、社長の東山宝一が剛腕だったことや、パブリックコースのため資金は不足した[3]。その上、冬季は造成工事を中止し、ブルトーザー数十台を動員して強行し、挙句には造成工事会社を倒産させた[3]。
1962年(昭和37年)5月11日、造成工事は完成し、18ホール、6,860ヤード、パー72規模のゴルフ場が開場された[3]。木下商店は貿易会社である、米国からケンタッキーブルーの種を輸入して、コース全体に種を蒔き、フェアウェイは短く刈り込んで、グリーンはさらに短く刈りこんだという[3]。だが、翌1963年(昭和38年)、フェアウェイとラフは野芝に、グリーンはベント芝の張芝に改修された[3]。
「那須国際カントリークラブ」は、前身は旅館「山楽」が経営するパブリックゴルフコースだったが、現在は那須御用邸に隣接する「東急不動産株式会社」が運営するメンバーシップゴルフコースである[3]。
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所在地
〒325-0302 栃木県那須郡那須町大字高久丙1792番地
