久邇邦久
日本の華族、政治家、陸軍軍人。侯爵。(1902-1935)
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来歴・人物
学習院初等科を経て学習院中等科在学途中の1918年(大正7年)4月の17歳のとき、東京府立一中2年次に入学。1920年(大正9年)12月1日の府立一中4年次だったとき、当時の皇族の慣例に従って士官候補生として近衛歩兵第4連隊に入隊した。1921年(大正10年)10月1日の20歳のとき、陸軍士官学校に入学。1922年(大正11年)3月10日、貴族院皇族議員に就任[2]。1923年(大正12年)、陸軍士官学校を卒業する(35期)。陸士同期には、松谷誠陸軍大佐・荒尾興功陸軍大佐・石川晋陸軍大佐らがいる。同年10月25日、臣籍降下し皇族議員を退任し[3]侯爵を授爵、久邇の家名を賜り、従四位に叙せられる。1932年(昭和7年)3月9日、満30歳となり貴族院侯爵議員に就任した[4]。1935年(昭和10年)、浴室において脳出血で死去した。
