野岩羽線

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橙が会津線、緑は野岩鉄道線、灰は東部鬼怒川線、茶は磐越西線

野岩羽線(やがんうせん)は明治時代に栃木県今市から福島県会津若松を経由して、山形県米沢に至る、下野街道沿いに鉄道を敷設することで会津奥羽本線方面の短絡線を目的とした路線構想である[1][2]。名称は下野国岩代国羽前国を結ぶことに因む[2]

現在では東武鬼怒川線野岩鉄道会津鬼怒川線会津鉄道会津線(・只見線)・磐越西線経由で今市(下今市駅)から喜多方駅まではたどり着けるが[3]、その先の米沢駅までは喜多方駅から熱塩駅まで日中線が営業していた時期もあったものの、特定地方交通線として廃止されており、現在は国道121号での往来は可能でも、この間を結ぶ公共交通機関は存在しない[4]

脚注

関連項目

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