野村政孝

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カタカナ ノムラ マサタカ
ラテン文字 NOMURA Masataka
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1991-06-29) 1991年6月29日(34歳)
野村 政孝
2015年のサイン
名前
カタカナ ノムラ マサタカ
ラテン文字 NOMURA Masataka
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1991-06-29) 1991年6月29日(34歳)
出身地 東京都世田谷区
身長 188cm
体重 78kg
選手情報
ポジション GK
利き足 左足
ユース
2007-2009 日本の旗 日本学園高校
2010-2013 日本の旗 駒澤大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2014-2016 日本の旗 名古屋グランパス 0 (0)
2016 日本の旗 ブラウブリッツ秋田 (loan) 0 (0)
2017-2020 日本の旗 ロアッソ熊本 10 (0)
2021-2022 日本の旗 アスルクラロ沼津 17 (0)
2023 日本の旗 富山新庄クラブ
通算 27 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

野村 政孝(のむら まさたか、1991年6月29日 - )は、東京都世田谷区出身の元サッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー

俳優歌手野村将希は実父、俳優の野村祐希は実弟。

俳優歌手野村将希の長男として東京都世田谷区で生まれた[1]。父親が「柘植の飛猿」役を務める水戸黄門に、少年時代の飛猿役(野村正孝名)で出演したことがある[2]。(第25部 第14話 「飛猿が恋をした・岡山」 : 1997年3月31日放送)

小学校3年でサッカーを始めた。2010年日本学園高校から駒澤大学へ進学。大学入学後は、垂直跳び80センチ、握力80キロなど、父親譲りの抜群の身体能力を生かしきれず、ゴールキーパーの3、4番手どまりでレギュラー獲得には至らなかった。やがて就職活動を始め、4年生の4月には不動産業の会社に内定。しかし高校時代の恩師の勧めでカターレ富山の練習へ参加し、「身体能力はプロでも通用する」という手応えを掴んだことで、すぐに内定を辞退した[2]。9月のリーグ戦後期からは先発で起用され、チームの1部復帰に貢献した[3]

2014年に、名古屋グランパスへ入団[4]ジェフユナイテッド千葉からもオファーを受けていたが、駒大OBである巻佑樹スカウトの熱心な誘いにより、名古屋加入へと至った[5]

2016年ブラウブリッツ秋田期限付き移籍したが[6]、同年シーズンをもって名古屋と移籍先の秋田との契約満了により退団[7]。同年12月28日、トライアウトでの落ち着いたコーチングを評価したロアッソ熊本からオファーがあり、加入が決定した。

2017年は正GKの佐藤昭大の負傷離脱に伴い一時的にレギュラーの座を得たが、清川監督の解任に伴い畑実にポジションを奪われ出番を失った。2018年シーズン以降はシーズンの大半を負傷により離脱することになり、公式戦出場はなかった。2020年シーズンをもって契約満了で退団した。

2021年1月6日、アスルクラロ沼津へ完全移籍により加入した[8]。現役選手としてプレーしながらGKスクールに取り組むなどの活動を見せた。2022年11月4日、アスルクラロ沼津は契約期間の満了を発表[9]。 また同年12月23日、富山新庄クラブ北信越フットボールリーグ1部)に移籍することが発表された[10]

2023年終了後に引退した[11]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010駒澤大---0000
2014名古屋30J100000000
201500001010
2016秋田1J300-0000
2017熊本21J2100-10110
201800-0000
2019J300-0000
202000--00
2021沼津180--80
202290--90
2023富山新庄北信越1部--
通算日本J1 00001010
日本J2 100-10110
日本J3 170--170
日本北信越1部 --
日本 --0000
総通算 2700020290
出場歴

タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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