金山町 (山形県)
山形県最上郡にある町
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金山町(かねやままち)は、山形県の北東部にある町で、最上郡に属する。

町域の4分の3を占める森林からの金山杉と、白壁を用いた「美しく古びる」を目指した金山型住宅、また石造りの大堰と呼ぶ農業用水路には錦鯉を放流するなど、景観施策に意欲的な町として複数の町並みコンクールにおいて受賞実績がある。
地理
気候
寒暖の差が大きく気温の年較差、日較差が大きい顕著な大陸性気候である。降雪量が多く、特別豪雪地帯に指定されている。
年平均気温は10.3℃である。平年値では猛暑日が0.8日、真夏日が23.1日、夏日が79.2日、真冬日が17.1日、冬日が119.7日となっている[1]。また、1月から2月にかけて日平均気温が氷点下となっている。
年平均降水量は2078.4mmである。また、年平均降雪量は813cmである。
年平均日照時間は1375.5時間である。
極値[2]
| 金山(最上郡金山町金山字本町、標高170m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 11.6 (52.9) |
15.8 (60.4) |
19.6 (67.3) |
28.5 (83.3) |
33.0 (91.4) |
33.5 (92.3) |
36.6 (97.9) |
37.0 (98.6) |
34.5 (94.1) |
29.0 (84.2) |
22.8 (73) |
19.6 (67.3) |
37.0 (98.6) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 1.4 (34.5) |
2.4 (36.3) |
6.1 (43) |
13.5 (56.3) |
20.2 (68.4) |
24.1 (75.4) |
27.1 (80.8) |
28.7 (83.7) |
24.4 (75.9) |
17.8 (64) |
10.5 (50.9) |
3.8 (38.8) |
15.0 (59) |
| 日平均気温 °C (°F) | −1.4 (29.5) |
−1.0 (30.2) |
1.7 (35.1) |
7.6 (45.7) |
14.1 (57.4) |
18.6 (65.5) |
22.3 (72.1) |
23.3 (73.9) |
19.1 (66.4) |
12.4 (54.3) |
6.1 (43) |
0.8 (33.4) |
10.3 (50.5) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −4.2 (24.4) |
−4.2 (24.4) |
−2.0 (28.4) |
2.4 (36.3) |
8.7 (47.7) |
13.9 (57) |
18.5 (65.3) |
19.2 (66.6) |
14.9 (58.8) |
8.1 (46.6) |
2.4 (36.3) |
−1.7 (28.9) |
6.3 (43.3) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −13.6 (7.5) |
−13.2 (8.2) |
−12.7 (9.1) |
−7.0 (19.4) |
0.1 (32.2) |
4.6 (40.3) |
9.5 (49.1) |
10.0 (50) |
3.4 (38.1) |
−1.7 (28.9) |
−5.8 (21.6) |
−12.7 (9.1) |
−13.6 (7.5) |
| 降水量 mm (inch) | 211.4 (8.323) |
141.2 (5.559) |
128.3 (5.051) |
106.1 (4.177) |
130.5 (5.138) |
136.6 (5.378) |
258.4 (10.173) |
223.4 (8.795) |
159.5 (6.28) |
161.8 (6.37) |
190.5 (7.5) |
230.7 (9.083) |
2,078.4 (81.827) |
| 降雪量 cm (inch) | 281 (110.6) |
208 (81.9) |
134 (52.8) |
14 (5.5) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
12 (4.7) |
164 (64.6) |
813 (320.1) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 24.7 | 20.7 | 18.6 | 14.0 | 12.7 | 11.4 | 14.0 | 13.0 | 13.6 | 14.8 | 18.9 | 23.1 | 199.4 |
| 平均月間日照時間 | 34.7 | 54.0 | 99.5 | 155.7 | 187.3 | 169.2 | 141.6 | 175.3 | 135.2 | 114.3 | 75.2 | 38.9 | 1,375.5 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1976年 - 現在)[3][4] | |||||||||||||
歴史
金山町は、古来より出羽国を繋ぐ重要な場所であった。金山町が歴史上初めて登場するのは、天平9年(737年)に行われた大野東人の東征のときである。多賀城から秋田城へ向かっていた東人は、「雄勝より五十余里」の地にある比羅保許山(ひらほこやま)に駐屯し、そこに雄勝に住む蝦夷の長が恭順のため訪れている。東征の後、秋田城へ向かう官道が開削され、天平宝字3年(759年)に平弋(ひらほこ)駅が設置された。比羅保許山については諸説あり、正確なところはわかっていないが、山の形が平鉾状である神室山ないしは有屋峠と言う説が有力であり、平弋駅はその本町内の麓にあったとされる(異説として、真室川町及位、湯沢市薄久内説もある)。現在のグリーンバレー神室の奥にある鉤掛森は、山越えの安全を祈って、旅人が鉤を納めたのが語源といわれる。
また、神室山の山岳修験の拠点にもなり、竜馬山や金山町中心部の諸寺院などは、神室山の修験にまつわるものである。
戦国時代には、最上義光によって楯山城が築かれ、小野寺氏攻めの最前線となった。現在の金山町中心部の街割は、このころに作られたといわれる。
江戸時代には羽州街道に沿って金山宿と中田宿が置かれ、宿場町として栄えた。金山宿から先は、秋田県まで金山峠(森合峠) - 主寝坂峠 - 雄勝峠と厳しい峠が続くため、参勤交代をする秋田・津軽の諸大名が必ず泊まる宿場であり、本陣・脇本陣が置かれていた。戊辰戦争の緒戦では、奥羽越列藩同盟を離脱して新政府軍側に寝返った久保田藩(秋田藩)及び薩摩藩・長州藩と仙台藩を中心とする旧幕府軍の戦いが森合峠及び有屋峠で行われたが、突如、後方の新庄藩が新政府軍側に寝返ったため挟撃されて総崩れ、森合峠で仙台藩第六大隊長、梁川播磨頼親が戦死している。
村制施行以来町域の変更がなく、昭和の大合併・平成の大合併と幾度もあった合併の流れに加わらなかったことを町の誇りとするなど、独自色の強い町である。
1982年には、日本の地方公共団体では初となる情報公開条例の制定、施行がなされたほか、1986年には街並み景観条例もつくり、統一感のある景観づくりにも力を入れている[5]。
沿革
行政
議会
- 町議会
経済
産業
- 主な産業
- 農・畜産業
- 林業
- 産業人口(2000年国勢調査)
| 第1次産業(農林業) | 15% |
| 第2次産業(製造業・建設業) | 49% |
| 第3次産業(サービス業) | 36% |
郵便局
- 金山郵便局(集配局)
- 中田簡易郵便局
金融機関
地域
人口
| 金山町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 金山町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 金山町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
金山町(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
健康
- 町立金山診療所
さくらクリニック
教育
- 小学校
- 中学校
- 高等学校
交通
観光ほか
シェーネスハイム金山
金山町有屋にリゾート地として整備され、すでに神室スキー場、温泉、テニスコート、キャンプ場、5kmの散策路、ゲートボール場、レストランなどが整備されていた「グリーンバレー神室」内に、初の本格的なホテルとして建設されたもので、1998年7月10日にオープンした[6][7]。町が力を入れるグリーンツーリズムの中核施設と位置づけ建てられ、運営は金山町が51%、JR東日本が49%出資した「グリーンバレー神室振興公社」があたった[8][5]。
ホテルは鉄骨6階建て。ツイン19室、家族部屋が8室で最大で97人が宿泊可能。大きな金山杉を使った造りで町は「ドイツ風金山住宅型」と呼んだ[8]。既存のレストランとの渡り廊下を含めると、総事業費は約8億3400万円。事業費の半分は国の補助であった[8]。「シェーネスハイム金山」とはドイツ語で美しき我が家の意で[5]、ホテルはパートナー施設としてJR東日本の「あたらしい旅」に参画し[9]、町では山形新幹線新庄延伸までグリーンツーリズムのメニューを充実させる考えを示していた[7]。1999年には建築物や街並み、電車など公衆の目に見えるもので好印象を与える景観を紹介し、奨励する「第14回公共の色彩賞 環境色彩十選」に選ばれている[10]。
その後、ホテルは経営不振に陥り、グリーンバレー神室振興公社は厳しい状況が続いたことから、山形県と県企業振興公社、山形大学が主導する「yori-i(よりあい)プロジェクト」のもとに、2023年4月からグリーンバレー神室振興公社は、ホテルを運営する米沢市のBe-Ryu(ビ・リュウ)とマネジメント契約を結び、ビ・リュウの下で経営再建と地域の再活性化を目指した[11]。


