社伝によると、天暦年間(10世紀中頃)、この地に妖怪さるとらへびが住み付き、村人に危害を加えているのを聞いた朝廷が、藤原高光をこの地に遣わした[3]。高光が最初にさるとらへびを見つけたのがこの地とされる。このことから地名を「形知」(現在の片知)と名づけ、形知の社として創建したのが始まりと伝わる。後に高賀山一帯は、美濃国の霊山として崇められた。修験道の影響を受け、江戸時代以前に蔵王権現社に改称する。明治時代初期、金峰神社に改称する。これは奈良県の金峯神社に由来すると伝わる。
1873年(明治6年)に村社となる。1957年(昭和32年)、岐阜県神社庁よりに銀幣社に指定される。