金無双
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名称の由来
概要
他の囲いとの比較
金無双は美濃囲いに比べて上部からの攻め(特に1・2筋)に強い。しかし側面からの攻めに対しては若干弱い。また4筋からの攻めにも弱く、4筋は「うさぎ耳」とも呼ばれている。
対居飛車の振り飛車の場合、側面からの攻めが主体となるので、美濃囲いで良い。それに対して相振り飛車では、上部からの攻めが主体となるので、金無双の方が良い。しかし「壁銀」などが嫌われ、平成にはいってからは矢倉囲いや穴熊にしたり、相振り飛車でも美濃囲いにする場合が多くなった[5]。美濃囲いは1・2筋が特に弱いため、向かい飛車に対しては危険であるが、四間飛車・三間飛車には優秀なようである。
しかしながら令和に入ると手間のかかる矢倉は嫌われ、金無双が復権傾向にある[6]:162。里見香奈は通常の金無双から金の位置を1筋ずらして(先手だと6八と5八に金を置く)バランスを取った囲いを採用することがあり、片上大輔は里見流「流れ金無双」と呼んでいる[6]:224。
その他の違いとして、銀を上げない形の場合は美濃囲いより1手早く組めるため(相振り飛車では美濃囲いも玉を3九に留める場合が多い)、急戦を仕掛ける場合にも金無双が有効である。また、矢倉囲いに組み替える場合、金無双だと片矢倉に隙なく組み替えられるが、金矢倉まで組むと1手損をする。美濃囲いだと組み替える途中、どうしても隙が生じる。金無双だと1七銀と上がる手順もあり組み替えやすい、などの違いがある。
対振り飛車急戦用
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△ 持ち駒 なし
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△ 持ち駒 なし
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△持ち駒 なし
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現代将棋では対抗型居飛車の定跡において金無双を用いる急戦策が定跡化されている。この囲いは7九の銀を上げないために通常の金無双とは異なった形をしており、勝又清和は「7九銀型金無双」と呼んでいる[7]:128。
昭和から平成の時期においては、金無双は相振り飛車以外ではあまり指されない時期があった。過去には対振り飛車金無双+腰掛け銀が、1958年1月5日のNHK杯、▲花村元司 vs.△升田幸三戦でみられた。
急戦のみならず、持久戦への移行が可能である。この場合、囲いを松尾流穴熊へと発展させていくのが一般的であり、非常に優秀である。
こうしてその優秀さとして、居飛車舟囲い急戦と違って、飛角銀桂の理想的攻撃陣が得られ易くなっているといえる。
例えば、上図の4六金戦法での金無双は、1975年2月第24期王将戦第4局、▲中原誠 vs.△米長邦雄戦。ここで中原は囲いを舟囲いから金無双に組み替える。居飛車でももともとはツノ銀中飛車に対する4六金戦法で、後にエルモ囲いで知られる▲6八銀から7九金が活用されていた。これは4六金戦法は金が前線に攻め駒として出動するため、金を取られると角道が通っていれば即詰めろ、△8八金の即詰みがあるため、8八地点への利きと玉の脱出経路確保をするためである。 指した中原自身もちょっと変わった手としているが、▲6八銀であるとあとで▲7九金と寄らなければならず、それに比べてこれなら1手で囲いが完成するとしている[8]。
棒銀については角交換後の▲7一角(△3九角)の筋があるので、あまり利用されていないが、いままで居飛車舟囲い急戦で利用されてきた4六銀右戦法(△6四銀急戦)△6五歩・▲4五歩早仕掛け、ポンポン桂など、5七銀右陣形(菱型舟囲い)での戦術は、ほぼ実戦応用が可能となっている。