金田一温泉
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北東北における位置 | |
| 温泉情報 | |
| 所在地 | 岩手県二戸市 |
| 座標 | 北緯40度19分20秒 東経141度18分46秒 / 北緯40.32214度 東経141.31272度座標: 北緯40度19分20秒 東経141度18分46秒 / 北緯40.32214度 東経141.31272度 |
| 交通 |
東北新幹線、いわて銀河鉄道線二戸駅よりJRバス東北で約20分 八戸自動車道一戸ICより約6km |
| 泉質 | 単純温泉[1] |
| 泉温(摂氏) | 33.3〜36.0 ℃[1] |
| 液性の分類 | 弱アルカリ性 |
| 浸透圧の分類 | 低張性 |
| 宿泊施設数 | 7[1] |
| 年間浴客数 | 宿泊15,246人、日帰り116,508人(2017年度)[1] |
| 外部リンク | 金田一温泉郷てくてくマップ - 金田一温泉地域活性化プラン実行委員会 |
金田一温泉(きんだいちおんせん)は、岩手県二戸市(旧国陸奥国)にある温泉。馬淵川のほとりにあり、観光宣伝では温泉郷を名乗っている。
効能
温泉街
歴史
1626年(寛永3年)、田んぼから温泉が湧き、湯口に小さな風呂場が置かれた[4]。1635年(寛永12年)には湯宿が建って大衆の温泉場となり、江戸時代には盛岡南部藩の指定湯治場となり、『侍の湯』と呼ばれた[4]。
もともと「湯田」と呼ばれていたが、1966年(昭和41年)からは呼称が「金田一温泉」に統一された[4]。金田一を姓にする金田一氏は、南部氏の祖南部光行の第4子の四戸氏から出たとされる。
1954年(昭和29年)に金田一温泉プールができ、1970年(昭和45年)の第25回国民体育大会では水球の会場となった[4]。
湯量が減少したため、1988年度から1989年度にかけてボーリングが行われた[7]。
1989年3月発行の『岩手県旅館環境衛生同業組合30周年記念誌』に記載されている岩手県旅館組合金田一支部の名簿では、金田一地内に17軒(緑風荘、ホテル金田一、仙養館、住吉、割烹旅館おぼない、雨滝、グランドホテル北陽荘、きたぐに、佐賀和、観山荘、天閣、ホテルニューまべち苑、いづみ荘、佐藤旅館、旅館松竹)の宿泊施設があった[8]。
1992年(平成4年)には「カシオペアランド金田一温泉」の巨大なゲートができた[9]。
平成期にはティラピアの養殖が行われていた時期もあった[10]。
1994年(平成6年)4月28日、環境庁告示第40号により、国民保養温泉地に指定。
1998年(平成10年)4月に金田一温泉センター「ゆうゆうゆーらく」がオープンしたが、2019年3月に閉館し[11]、跡地には2022年3月、公民連携で整備された「カダルテラス金田一」がオープンした[2]。
アクセス
金田一温泉をモデル、舞台とする芸術作品
- 小説
- エッセイ、随想
- 『時のせせらぎ―若き日の追想紀行』(三浦哲郎)
- 短歌
