金蘭斎
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出羽国(羽後国)久保田藩(現・秋田県)藩医金三室[1](小鴨三室[2][5])の子として生まれる。「金」という姓は、祖先が同国金浦の人だったことに由来する[3][4]。
17歳のとき、京都で伊藤仁斎らに学ぶ[3][5]。江戸で入江南溟にも学んだ[6][7]。故郷での仕官を厭い、京都麩屋町で老荘を講義して清貧に暮らす[3][5]。80歳ごろ水腫により逝去[5]。五条本覚寺に伊藤東涯書の墓碑がある[3][5][2]。
『近世畸人伝』に伝があり、「真の老荘者」とされ、肖像画(後ろ姿)や以下の逸話が載っている[8]。
- 蘭斎は本を持っておらず、受講生が本を買い与えても米に替えてしまった[9]。
- 受講生から贈られた、背に「金蘭斎」と大書された着物を常用していた[9]。
- 講義中に代神楽がやってくると、講義を放棄して童子たちと一緒に追いかけていった[9]。
他にも多くの逸話が伝わる[10]。