蜂田神社

大阪府堺市中区八田寺町にある神社 From Wikipedia, the free encyclopedia

蜂田神社(はちたじんじゃ)は、大阪府堺市中区八田寺町にある神社式内社(小)で、旧社格村社鈴の宮とも称される。

所在地 大阪府堺市中区八田寺町524
位置 北緯34度31分41.2秒 東経135度28分44.8秒
主祭神 天児屋根命
社格 式内社(小)
村社
概要 蜂田神社, 所在地 ...
蜂田神社

鳥居と拝殿
所在地 大阪府堺市中区八田寺町524
位置 北緯34度31分41.2秒 東経135度28分44.8秒
主祭神 天児屋根命
社格 式内社(小)
村社
創建 不明
本殿の様式 春日造
別名 鈴の宮
例祭 10月第1土曜日
主な神事 鈴占神事
地図
蜂田神社の位置(大阪府内)
蜂田神社
蜂田神社
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祭神

歴史

詳しい創建年は不詳であるが、この地方に住居していた蜂田連の一族がその祖先である天児屋根命を祭神として祀ったとされる。蜂田連が土焼きの鈴12個を作り毎年春の初めに神前に供え、鈴音の良し悪しでその年の吉凶を占ったという古事から鈴の宮とも呼ばれる[1]。また、延喜式神名帳に記載されている和泉国大鳥郡式内社である[1]

永禄年間(1558年 - 1570年)以前は現在地より西1丁余りの山麓に鎮座していたが、永禄11年(1568年)の三好三人衆松永久秀家原城攻防戦が原因となって現在地に遷宮したと伝わる[2]

石橋直之元禄13年(1700年)に刊行した『泉州志』で蜂田神社は平井村(現在の堺市中区平井)に在り、祭神を蜂田連の祖の天児屋根命としている。

近世には神宮寺として西林寺を併有していたが、明治時代になると神仏分離によって廃寺とされた[2]。また、当社は村社に列せられている。

1910年(明治43年)には付近の村社6社と無各社2社を合祀している[2]

鈴塚

もともと蜂田神社での神事に使用された土鈴を埋蔵したのが始まりとされている。

昭和四年以降、節分の当日に干支の土鈴が授与されるようになり、のちに授与された土鈴や破損した鈴をこの地に埋蔵する風習が生まれる[3]

現在でも、破損した鈴などをお清めした上で埋蔵している。

境内

摂末社

風鈴祭り

7月1日から8月31日にかけて行われる。江戸風鈴、河内風鈴、南部風鈴など約1900個の風鈴が境内で清々しい音色を奏でる[4]

2025年7月放送のテレビ番組で大阪府内における、風鈴の数が多いスポットランキングで1位(1450個)と紹介された。

公式インスタグラムで、2026年7月時点で前年度より約400個増えて約1900個と紹介[5]

所在地

  • 大阪府堺市中区八田寺町524

アクセス

脚注

関連項目

外部リンク

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