長山号
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陸軍は1920年代から、長山大尉の指揮の下に下野常吉らを中心として無線操縦の研究を開始しており、まず1927年(昭和2年)3月に送信機と受信機がセットとなった無線操縦装置が一揃い製作され、戸山ヶ原で試験が行われた。長山大尉は汎用性の高いこの無線操縦装置を戦車に搭載することを発案。1930年(昭和5年)に陸軍東京砲兵工廠で試作車一輌が製作され、同年3月13日には民間の科学者に向けた公開実験に成功した。その後、この「長山号」は同年3月20日から市政会館で開催された「放送開始満五年記念ラヂオ博覧會」で一般向けに公開され、会場前の日比谷公園で無線操縦される様子を披露している。しかし、陸軍は無線操縦戦車の実用性に疑問を抱いており、開発計画は同年中に終了した。