関東短期大学
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大学全体
沿革
- 1949年
- 1950年
- 1951年
- 1952年
- 1953年
- 4月1日 商経科第一部を増設。
- 1955年
- 4月1日 教育科2部を初等教育科2部と改称。
- 1958年
- 4月1日 以下の学科の入学定員を以下の通り変更する。
- 国文科
- 第一部 50→40
- 第二部 80→40
- 英文科
- 第一部 50→40
- 第二部 80→40
- 被服科
- 第一部 50→40
- 第二部 50→40
- 商経科
- 第一部 80→40
- 第二部 100→80
- 国文科
- 4月1日 以下の学科の入学定員を以下の通り変更する。
- 1959年
- 1963年
- 4月1日 以下の学科の増設を行う。
- 機械科
- 電気科
- 4月1日 以下の学科の増設を行う。
- 1971年
- 4月1日 英文科第二部の学生募集を最終とする。
- 1972年
- 4月1日 学生募集停止により、総定員を以下の通り変更する。
- 英文科第二部
- 4月1日 学生募集停止により、総定員を以下の通り変更する。
- 1973年
- 4月1日 初等教育科第二部の入学定員を
- 1974年
- 3月31日 英文科2部を廃止。
- 1975年
- 4月1日 初等教育科に第一部を増設。
- 1977年 - 太田分校を廃止。
- 1978年
- 4月1日 電気科の学生募集を最終とする。
- 1979年
- 4月1日 学生募集停止により、総定員を以下の通り変更する。
- 電気科
- 4月1日 学生募集停止により、総定員を以下の通り変更する。
- 1980年
- 3月25日 電気科、廃止。
- 1981年
- 4月1日 以下の学科の学生募集を最終とする。
- 国文科第二部
- 機械科
- 4月1日 以下の学科の学生募集を最終とする。
- 1982年
- 1983年
- 9月30日 左記を以て国文科2部、機械科を正式に廃止。
- 1987年 ,[16],[17]
- 1988年
- 1989年 初等教育科2部、商経科2部を廃止[注 11]。全科昼間部となる。
- 1990年
- 4月1日 一部の学科の名称を以下の通り変更する。
- 商経科第一部→商経科
第一部 - 初等教育科第一部→初等教育科
第一部
- 商経科第一部→商経科
- 4月1日 一部の学科の名称を以下の通り変更する。
- 1998年 - ヴェルボトナル研究所を設置。
- 2002年
- 4月1日 初等教育科に幼稚園・保育コース開設。
- 2003年
- 2004年
- 2005年
- 2006年
- 2009年
- 2018年
- 2020年
- 3月31日 短期大学としての使命を終える。
基礎データ
所在地
- 群馬県館林市大谷町625
学科
学科の変遷
- 国文科→日本語文化学科
- 英文科→英語文化学科
- 商経科→経済経営情報学科
- 初等教育科
取得資格について
- 幼稚園教諭二種免許状・保育士資格が現存のこども学科にて履修できるようになっていた[注 15]
- 過去にあった国文科や英文科では、中学校教諭二種免許状の国語や英語の教員免許状が取得できていた。
- 過去にあった商経科では、秘書士、情報処理士、上級情報処理士、ビジネス実務士、プレゼンテーション実務士などの資格が取得できていた。
- こども学科に改称される前の初等教育科では、小学校教諭二種免許状の取得ができていた。
- 全科共通で、図書館司書やプレゼンテーション実務士の資格が取得できていた。
- 当初は高等学校教諭仮免許状も設けられていた[28]。
附属機関
- 図書館:松平記念図書館
- ヴェルボトナル研究所
学生生活
部活動・クラブ活動・サークル活動
- 関東短期大学にあったクラブ活動
- 体育系:バレーボール・バスケットボール・バドミントン・ソフトボール・テニス・弓道・サッカーなどがあった。
- 体育系愛好会∶卓球・ラート・ラクロスなどがあった。
- 文化系:軽音楽・障害児研究・関東教友ゼミ・茶道・吹奏楽・演劇などがあった。
- 文化系愛好会∶ハンドベル・合唱などがあった。
- 文化系研究会∶簿記があった。
学園祭
- 関東短期大学の学園祭は「アザリア祭」と呼ばれ毎年、概ね11月に行われていた。