青春五月党
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劇団名は檀一雄の『小説太宰治』に登場する<青春五月党>からとられている[3]。「都新聞の入社試験に落ちた若かりしころの太宰治をはげます会を檀ら友人がひらき、五月だったことから「我ら青春五月党」とだれかがふざけていった」というエピソードに由来している[3]。旗揚げ公演作品『水の中の友へ』は、折口信夫による太宰治への追悼文「水中の友」に由来すると思われ、主人公の名は太宰の本名「津島修治」である。演出家名を太宰治の実兄<津島圭治>、舞台デザイナー名を中原中也の実弟<中原思郎>とし、柳美里が兼務した。
1991年『向日葵の柩』以降柳美里は劇作家に専念し、演出はMODEの松本修や、新宿梁山泊の金守珍が努めた。
1993年、劇団MODEのために書き下ろした『魚の祭』で、柳は第37回岸田國士戯曲賞を受賞[4][5][6][7]。観客動員数2万人以上の大ヒットを記録。
1994年、柳の『Green Bench』[7]が戯曲として初めて第7回三島由紀夫賞にノミネートされる[8]。
2007年、13年ぶりに青春五月党を復活させようと「柳美里演劇カムバックサイト」を立ち上げる。
2008年12月、新国立劇場にて『向日葵の柩』が再演される[9]。
永らく「演劇ユニット」として活動していたが、2018年から「劇団」として活動し、劇団員が所属している。同年9月、「静物画」を復活公演として活動を再開。活動再開第一弾の「静物画」はLa MaMa ODAKAにて、ふたば未来学園高等学校演劇部の生徒がメインキャストとなり行われた[10]。
活動再開以降は柳美里が作・演出を務める一方、2019年に上演した「ある晴れた日に」では五反田団の前田司郎が演出を担当した。
公演
- 『水の中の友へ』
- 『棘を失くした時計』
- 『石に泳ぐ魚』
- 『静物画』
- 1990年5月、赤坂シアターVアカサカ
- 『静物画』(作・演出、初演時から大きく改めている)
- 『月の斑点』
- 『春の消息』
- 1991年2月、銀座小劇場
- 1992年10月、札幌道新ホール
- 1992年10月、青山円形劇場[12]
- 1992年11月、愛知県芸術劇場小ホール
- 1993年7月、近鉄アート館
- 1993年8月、青山円形劇場
- 1993年10月、青山円形劇場
- 『SWEET HOME』(演出:鈴木勝秀、原案:柳美里)
- 『Green Bench』(演出:渡辺浩子)
- 『町の形見』(作・演出)
- 2019年10〜11月、La MaMa ODAKA
- 2019年11月、盛岡劇場
- 2019年11月、せんだい演劇工房 10-BOX
- 『窓の外の結婚式』(朗読劇)