青柳力
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- 1976年6月28日、宮城県大崎市古川に生まれる[1]。大崎市立古川第一小学校、大崎市立古川中学校、宮城県古川高等学校を経て[2]東北柔専(仙台接骨医療専門学校)を卒業[2]。幼少より柔道を習い小中高と同門のBellator MMA所属の総合格闘家ISAO選手の父である小林信之師範[3]の指導を受ける。中学高校時代は同校柔道部の主将でキャプテンを務める。柔道整復師とスポーツトレーナーになるために東北柔専に進学し、在学中は同校の理事長であった島谷順子の指導を直接受け学科実技ともに優秀な成績で卒業する。日頃の真面目な学校生活の態度と柔道の技術と指導力が認められ、島谷順子の指名で柔道の後進国であるフィンランド柔道のナショナルチームのコーチとして技術指導と柔道の普及のために派遣される。一年間の海外指導の後、日本に帰国し島谷の紹介で東京都にある1971年のルートヴィヒスハーフェン世界柔道選手権優勝の津沢寿志が経営する接骨院に勤務し下積生活を送り津沢が監督を務めていた中央大学柔道部や近隣にあった亜細亜大学柔道部の学生などのケアを担当した。東京理科大学柔道部の監督にも就任し理系大学柔道大会で同部を全国優勝に導くなど指導力を発揮した。その後、リハビリやコンディショニングケアに重点を置いていた医療法人に勤務し、勤務の傍ら、オリンピック日本代表選手、その他のプロスポーツ選手や格闘家などのコンディショニングケアを多数行いスポーツトレーナーとしての技術を磨いた。2004年に宮城県で、株式会社あおやぎ設立、同接骨院を開業した。接骨院を経営しながらトレーナー活動も頻繁に行い当初から「トレーナー活動日本一」を目指して多数のスポーツ選手のコンディショニングケアを行っている。2014年にはスキークロス日本代表の瀧澤宏臣選手との専属トレーナー契約、フランスワールドカップ日本選手団にも帯同した。2015年からはスポーツジムの経営にも事業を拡大し「フィトネススタジオSPORT+」を現在5店舗運営している。2019年には今までのトレーナー活動の実績と経験が評価されラグビーワールドカップ日本大会で日本代表チームと対戦する強豪サモア代表チームから専属契約を依頼され同チームのコンディショニングケアとトレーニングなどの指導を行った。また、スケルトン日本代表の高橋弘篤選手とも専属コンディショニング契約を結びスポーツジム利用やスポンサー活動での後援を後押ししている。2023年からは医療法人関井レディースクリニックともコラボレーション。宮城県において接骨院を7店舗、スポーツジムを5店舗経営し、各種講演やセミナーなどの社会活動、企業経営のアドバイスなどにも力を入れている。