風早神社
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| 風早神社 | |
|---|---|
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境内正面 | |
| 所在地 | 千葉県松戸市上本郷(字総代)2599番地 |
| 位置 | 北緯35度47分33.6秒 東経139度55分00.4秒 / 北緯35.792667度 東経139.916778度座標: 北緯35度47分33.6秒 東経139度55分00.4秒 / 北緯35.792667度 東経139.916778度 |
| 主祭神 | 経津主命・武甕槌命・天児屋根命[1] |
| 社格等 | 旧村社 |
| 創建 | 不詳 |
| 地図 | |
歴史
「風早」という名称には、千葉常胤の孫に当たる風早四郎胤康が葛飾郡上本郷村の地に館を設けて風早庄(もと風早郷)を治めたことから由来している。[2]創建年代は不詳であるが、風早氏の居館跡に経津主命を勧請したことが始まりとされており、風早庄内119ヶ村の総鎮守として崇敬されてきた[3]。
戦国時代には、小金城主の高城氏(高城治部少輔胤忠)より三百石相当の社地を受領し、時代が下ると徳川家康より五石の朱印地を寄進されて庇護されていた[4]。また、旗本としてこの地を治めていた佐野氏からも寛文年間以来度重なる社殿修理に協力したことや1695年(元禄8年)9月の祭礼には神輿の寄進を受けたという記録もある[4]。その後、1906年(明治39年)に明村の村社に指定される[2]。