飯沼長高
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長高は、阿波徳島藩家臣大口清行の次男に生まれる[1]。母は山田権左衛門の妹[1]。幼名を大口次郎三郎といい、元服して大口丹左衛門長高と名乗った[1]。兄の大口清信とともに徳島藩に仕えた[1]。後に飯沼長賀の養子となって飯沼丹左衛門長高と改名し、長賀の娘を正室に迎えた[1]。
享保7年(1722年)12月23日、隠居して自楽と号した養父・長賀の家を継ぎ、阿波飯沼家3代当主となる[1]。参勤交代で江戸に上る際には、父の名代として飯沼家を動員した[1]。享保12年(1727年)5月23日、自楽が病死すると、長高は名実ともに飯沼家の当主となり、その後10年間当主としての役割を果たして、元文2年(1737年)12月25日、病死した[1]。