餃子
小麦粉でできた皮に具を包んだ料理
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歴史


歴史は古く、中国大陸の春秋時代の紀元前6世紀頃に現在の山東省で誕生したとされている[2]。
1978年に山東省滕州にある薛国の古城遺跡で発見された古墳からは、祭礼に用いられたと考えられる青銅器が発掘されたが、そこには白くて三角形の具を包んだ食品が整然と並んだ状態で見つかった[1]。この食品が餃子またはワンタンの祖型と考えられている[1]。
餃子とワンタンはいずれも中国北方地方の小麦粉で作る食品に由来するが、複雑に交錯してきた歴史があり、両者をはっきりと区別できる情況にないとされる[1]。水餃子とワンタンの区別に関して、汁に浮かして食べるか否かとする考え方もあるが、これに対しては中国の陝西省にある「酸湯水餃」など水餃子を汁に浮かして食べる地域も多く区別する判断基準にならないと指摘されている[3]。比較的に餃子のポイントは具に置かれるのに対し、ワンタンのポイントはスープに置かれると説明されることもある[1]。
餃子が徐々にワンタンと区別され、固有名詞として独立するようになったのは唐から宋の時代とされる[1]。1972年にトルファン・アスタナの唐代の古墳から出土した副葬品の木製の椀からは半月型の餃子が発見されている[1]。歴史的に、餃子の呼称は時代や地域、製法、材料の違いなどによって区別され、交子、角子、角児、粉角、扁食、饂飩、餃餌、煮餑餑、水餃児などと表現された[1]。ただし、「餑餑」は北京では餃子を指すが、山東省では饅頭を指す場合にも用いられるなど呼称の用法には違いがある[1]。
餃子の種類
中華圏の餃子



中国においては、標準中国語の発音で「ジャオズ、チャオズ(ピン音:jiǎozi)」といい、特に中国東北部(満洲)において水餃子(茹で餃子、満洲語:ᡥᠣᡥᠣ
ᡝᡶᡝᠨ, hoho efen)がよく食べられる。満洲族による清朝成立後に広く華北一帯に普及し、中華料理の代表的な料理の一つになった[2]。
中国での主な形態は、茹で餃子(水餃)、蒸し餃子(蒸餃)、焼き餃子(鍋貼)の三種に大別されるという[3]。
中国北部地域では水餃子(水餃)は日常食であるとともに年中行事や冠婚葬祭における特別な食べ物と認識されている[3]。一方で中国南部地域では儀礼食というより主食兼副食の食品として認識されている[3]。
一方、焼き餃子に関して、中国北方では水餃子の残り物を翌朝に油で炒めて「煎餃」(焼餃子)として粥とともに食べる文化があった[5]。そのためあまり客に出されるイメージではなかったが、後述の「日式餃子」の形で逆輸入されている[5]。
縁起物
餃子はその発音が交子(子を授かる)と同じであることや、清代の銀子の形に似ていることから、縁起物としても食される[6]。また「交」には「続く、末永し」という意味もあり、春節には長寿を願い食され、大晦日(過年、guònián)には年越し餃子(更歳餃子、gèngsuì jiǎozǐ)を食べる[2]。また、皇帝も王朝と社稷の永続を祈願し、春節のときだけ餃子を食したという。ただこれは元来は北部の習慣である[注 1]。元旦にも豊作を神霊に祈りつつ餃子が食される地域があり、儀礼食としても定着している[2]。地域によっては婚礼や法要時にも食され、婚礼時には半月型の餃子を茹でて食されることが多い[2]。
餃子の皮
餃子の皮は一般的に小麦粉に水と食塩を混ぜてこねた生地を用いる[3]。このほかに浮き粉(小麦粉澱粉)を使用したエビ餃子が広東地方から広まっている[3]。
餃子の餡
中国では豚肉、白菜を使った一般的なものの他に、たとえば下記の様な具が用いられる[2]。具材は地域によって大きく異なる[2]。
餃子の形
一般的には円形の皮に餡を置いて二つ折りにした半月形である[3]。
他地域の文化からの流入
日本の餃子
餃子の伝播
関連する料理
- デザート餃子
- 最近ではフルーツやお菓子などが餃子のタネとして使われたりトッピングされたりするデザート餃子というものがある[12]。
- 餃子鍋
- 具材のメインとして餃子を用いた鍋料理[13]。2010年冬シーズンの鍋料理市場において注目されるメニューとなっている[14][15]。通常の餃子は長時間煮込むと煮崩れしやすいため[14][16][17]、皮の耐久性を高めた鍋専用餃子が開発され飲食店で使用している[14]。家庭で餃子鍋を作る際、市販されている焼き餃子を鍋に使用すると皮の状態によって、煮崩れしやすくなるため、その対策として餃子に片栗粉をまぶすことで皮の耐久性を高める方法が考案されている[16]。