養源寺 (文京区)

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位置 北緯35度43分34.4秒 東経139度45分22.1秒 / 北緯35.726222度 東経139.756139度 / 35.726222; 139.756139座標: 北緯35度43分34.4秒 東経139度45分22.1秒 / 北緯35.726222度 東経139.756139度 / 35.726222; 139.756139
山号 白華山
養源寺
所在地 東京都文京区千駄木5-38-3
位置 北緯35度43分34.4秒 東経139度45分22.1秒 / 北緯35.726222度 東経139.756139度 / 35.726222; 139.756139座標: 北緯35度43分34.4秒 東経139度45分22.1秒 / 北緯35.726222度 東経139.756139度 / 35.726222; 139.756139
山号 白華山
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 釈迦如来
創建年 元和2年(1616年
開山 秀嶽
開基 稲葉正勝
公式サイト 禅|千駄木養源寺|日本
法人番号 7010005000500 ウィキデータを編集
養源寺 (文京区)の位置(東京都区部内)
養源寺 (文京区)
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養源寺(ようげんじ)は、東京都文京区にある臨済宗妙心寺派寺院

1616年元和2年)、稲葉正勝の開基である。稲葉正勝の母は春日局であり、その春日局が帰依していた僧が秀嶽であったことから開山として迎えられている。元々は湯島天神切通下に位置していたが、1657年明暦3年)の明暦の大火で焼失してしまったため、現在地に移転した[1]

当寺が湯島天神切通下にあった時代の1625年寛永2年)、二条家当主二条康道江戸に下向した際に当寺を訪れ、境内に植わっていたを鑑賞してを詠んだ。その故事により山号を「白華山」にしたという[1]

1861年7月、住職の南明和尚が湯島麟祥院より帰途の暗闇で水戸浪士に斬りつけられる事件が起こり、同年10月に死去した。同行していた修行僧の恵海(のちの宇田川文海)も斬られて重傷を負い、顔に残った大きな傷を隠すため生涯マスクを着用した[2]。宇田川によると、南明は幕府老中稲葉正邦の相談役でもあり、公武合体論の実現に奔走中であったため、尊王攘夷派と敵対していたという[2]

夏目漱石の小説『坊つちやん』の中盤(「おやじの葬式の時に小日向こびなたの養源寺の座敷にかかってた懸物はこの顔によく似ている。」)と、最後の一文(「だからきよの墓は小日向の養源寺にある。」)に登場する。

墓所

交通アクセス

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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