武士の騎射戦法は、蝦夷が狩猟やヤマト王権(大和)との戦闘で用いた乗馬・騎射の技術が源と考えられている。大和へ帰服した蝦夷は俘囚となり各国へ移配され、和人へ技術が伝わった。さらに和人伝統の長弓を騎乗で使いこなすよう戦闘技術を磨き、武芸および武士の起源となった。また平安時代中期に現在の和弓となった。
平安時代頃から騎馬は武士(諸大夫と侍)と郎党にのみに正式に許されたこともあり、『弓馬の道』である騎射が武芸の中でも最高位のものとされ、実践的な鍛錬として騎射三物が行われるようになった。
近代までにそれぞれ独立した競技、儀礼的神事として作法や規則が整備された。