高垣寅次郎

From Wikipedia, the free encyclopedia

死没 1985年8月25日(1985-08-25)(95歳没)
研究分野 経済学
高垣 寅次郎たかがき とらじろう
人物情報
生誕 (1890-02-26) 1890年2月26日
日本の旗 日本広島県尾道市
死没 1985年8月25日(1985-08-25)(95歳没)
学問
研究分野 経済学
テンプレートを表示

高垣 寅次郎(たかがき とらじろう、1890年2月26日 - 1985年8月25日)は、日本経済学者

1890年(明治23年)、広島県尾道市生まれ。1911年(明治44年)、神戸高等商業学校(現神戸大学)卒業。 続いて東京高等商業学校(後の東京商科大学、一橋大学)において佐野善作に師事。同じ門下に塩野谷九十九鬼頭仁三郎高橋泰蔵新庄博岡田俊平などがいた[1]彰化商業銀行董事長を務めた呉金川[2]なども高垣ゼミ出身。1913年、東京高等商業学校を卒業。

卒業後、1913年(大正2年)に三井銀行に入行。しかし1915年(大正4年)には母校の東京高等商業学校へ戻り、助教授となり、1924年(大正13年)より同校教授。1926年(大正15年)には東京商科大学経済学博士号を取得。また、同年に初代東京商科大学附属図書館長となった[3]1938年(昭和13年)、外務省嘱託、1941年(昭和16年)、海軍省嘱託。1943年(昭和18年)に石橋湛山山崎覚次郎らと金融学会を創立、1950年(昭和25年)から31年あまり会長の任を果たした。1944年(昭和19年)拓殖大学第7代学監、1946年(昭和21年)同第7代総長・理事長。

1963年(昭和38年)1月8日、皇居で行われた講書始の儀に参加。「インフレイションの歴史の一説について」と題した進講を行った[4]

戦後は下記の多くの役職を務め、1985年(昭和60年)、95歳で死去した。

受賞・栄典

主要著作

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI