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高木敏子

日本の小説家 (1932-2026) From Wikipedia, the free encyclopedia

高木 敏子(たかぎ としこ、1932年昭和7年〉6月19日 - 2026年令和8年〉8月8日[1])は、日本児童文学作家。太平洋戦争下の東京大空襲で家族を失った経験をもとにした『ガラスのうさぎ』で知られる[1]

来歴・人物

東京府東京市本所区(現:東京都墨田区)生まれ。江戸切子などガラス工芸職人の家庭に育った[1]文化学院卒業。旧姓江井。

1945年(昭和20年)3月の東京大空襲で母と2人の妹を亡くし、終戦10日前の8月5日には疎開先の神奈川県二宮町二宮駅で米軍機P-51機銃掃射により父を亡くした[1][2]

焼け跡世代の一員として自身の戦時体験を綴った処女作『ガラスのうさぎ』は、1978年(昭和53年)に厚生省児童福祉文化奨励賞(現在は一般財団法人児童健全育成推進財団の主宰する児童福祉文化賞になっている[3])、翌年に 日本ジャーナリスト会議奨励賞を受賞。2005年(平成17年)にエイボン女性大賞[4]に選ばれた。

『ガラスのうさぎ』は、戦争を知らない子ども達に、平和と命の尊さを知ってほしいという願いから刊行され、発刊以来、ロングセラーを続け、旧版、新版、文庫版あわせて今日まで240万部を超えるベストセラーとして多くの人々の間で読み継がれている。英語ハンガリー語ほか9ヶ国で翻訳され、仏語ポルトガル語アラビア語での翻訳も進行中。実写映画、テレビドラマ、アニメ映画としても公開された。

日本が再び戦争への道を歩み始めているのではないかと危惧する立場から、1986年(昭和61年)に『もういや「お国のために」には - ガラスのうさぎを溶かさないで -』(岩波ブックレット)を上梓した。

作家活動と並行する形で戦争体験を語る講演を1000回以上にわたり継続してきたが、高齢および健康面の悪化を理由に、2007年(平成19年)8月1日の『ラストメッセージ ガラスのうさぎとともに生きて』(メディアパル)をもって終了した。

2011年(平成23年)8月5日に神奈川県二宮町で戦争の記憶を後世へ伝え、平和を願う「ガラスのうさぎ像 平和と友情のつどい」に出席している[5]

2026年(令和8年)8月8日、老衰により94歳で死去した[1][6]

著書

  • ガラスのうさぎ』(金の星社、1977年)
  • 『めぐりあい ―ガラスのうさぎと私―』(金の星社、1984年)
  • 『もういや「お国のために」には - ガラスのうさぎを溶かさないで -』(岩波書店、1986年)
  • 『けんちゃんとトシせんせい』(金の星社、1994年)
  • 『ラストメッセージ ガラスのうさぎとともに生きて』(メディアパル、2007年)

関連図書

  • 『『ガラスのうさぎ』:未来への伝言 平和の語り部 高木敏子の軌跡 DVD付』(金の星社、2009年)

脚注

関連項目

外部リンク

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