高田ひろお
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希望学園釧路第一高等学校を卒業後[要出典]上京し、弁護士をめざして大学の法学部に進学する[1]。大学院まで進んだものの、弁護士には(合格に)時間がかかると言われて志望を断念し、25歳の時に星野哲郎に弟子入りする[1]。作詞家や絵本作家を目指した理由は、都会の子供にも故郷の釧路のような自然に触れてほしいという思いだった[1]。
絵本作家からスタートし、子供向けの楽曲の作詞を多く手がけた。「およげ!たいやきくん」は『ひらけ!ポンキッキ』の童謡募集の話を知って持ち込んだ曲の一つで、10歳頃に冬の銭湯帰りに鯛焼きを買って腹巻きに入れた経験を東京で思い出し、釧路の海であの鯛焼きを泳がせてやりたいと考えたことが元になったという[1]。
交友を持った音楽ディレクターの篠木雅博によると、酒豪ながら飲んでも感情的にならず、飲み代は妻から小遣いとして受け取っており「奔放な人が多い業界で、高田さんのような人は初めてだった」と記している[1]。