ボニージャックス

日本の男声歌手グループ From Wikipedia, the free encyclopedia

ボニージャックス(BONNY JACKS)は、日本男性コーラス・グループである。1958年に結成された。

出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル 重唱
活動期間 1958年 -
メンバー 吉田秀行(セカンド・テナー)
玉田元康(バス
概要 ボニージャックス, 出身地 ...
ボニージャックス
出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル 重唱
活動期間 1958年 -
メンバー 吉田秀行(セカンド・テナー)
玉田元康(バス
旧メンバー 西脇久夫(トップ・テナー
大町正人(セカンド・テナー)
鹿嶌武臣(バリトン
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略歴

早稲田大学グリークラブのメンバーによって結成。最初アマチュアとして歌っていたが、ラジオ番組「青春ジャズ大学」出演の際に司会の笈田敏夫がその歌声を絶賛。この時のバスメンバーが以降参加できなくなったため、玉田元康に白羽の矢が立ち、最終メンバーが確定した[1]。笈田は、友人でブルーコーツのバンドマスター・小島正雄にグループを紹介し、小島の尽力でプロデビューとなった。

小島正雄は「レパートリーを百曲積むまでは絶対にデビューするな」と厳命し[2]、4人はそれを達成すべく、1958年の初めから[注 1]東京・杉並早大OB宅の離れを借りて約1年間の[注 1]合宿自炊生活を行ない、1日8時間の練習に明け暮れた。その間、鹿嶌武臣が牛乳配達をし、大町正人、玉田元康は米軍キャンプで、西脇久夫は他のコーラスで歌い糊口を凌ぐ。同年暮れ、クリスマスイブのラジオ番組で念願のプロデビューを果たす[3]

グループの名付け親は、彼らの在学中の早大グリーの指導者・磯部俶である。最初磯部は「ボン(フランス語で『良き』)ジャックス」[注 2]を提案したが、メンバーから(音が)「締まらない」と苦情が出て、「ボン」を「ボニー」(スコットランド方言で「美しい」)に変え「ボニージャックス」に落ち着いた[1]

レパートリーの幅広さでは他の追随を許さず、世界各国の民謡、歌曲、ジャズ、童謡から軍歌、CM曲、テレビ主題歌、ラジオ主題歌、社歌、寮歌など、通算5000曲以上にのぼるという。歌の伝道師の異名を取り、ロシア民謡「一週間」や合唱曲「遥かな友に」、童謡「ちいさい秋みつけた」「手のひらを太陽に」などは、ボニージャックスが歌ったことから広く知られるようになった。

1969年1月末から3月初めまでの約1ヵ月間、ボニーには海外初公演となる[3]最初のソ連演奏旅行を行う[4][5]。切符が既に3ヵ月前から売り切れるほどの盛況で、モスクワではプレイガイドが壊される騒ぎもあった[5]

同形態をとるコーラスグループデューク・エイセスダークダックスとの共同ショー開催も度々行ない、これは両グループが実質活動停止(解散)するまで続いた。

2016年10月26日アカペラ&ボイスパーカッショングループベイビー・ブーと総勢9人のコーラスユニットボニーさんとブーを結成。シングル「じいじのシンデレラ」をリリース。

度々共演した3カルテットのうち、2016年にダークダックスが、2017年にデューク・エイセスが解散し、ボニージャックスのみが令和時代になっても唯一現役で活躍中である。2021年8月30日に西脇久夫が死去したが、その後直ちに「3人でボニージャックスとして活動を継続する」ことが発表された[6]

2022年9月21日、所属事務所でマネジメントを手がけていた「株式会社ニュー西北エンタープライズ」が東京地方裁判所から破産手続き開始決定を受けた。負債額は調査中[7]。2021年以降は[8]NPO法人日本国際童謡館(旧・大庭音楽事務所)のマネージメントにより活動している。

2024年9月12日に、鹿嶌武臣が死去したが、2人でボニージャックスとして活動を継続している[9]。また、玉田元康がソロとしても活動している[10][注 3]。玉田のソロデビューは、日本国際童謡館館長・大庭照子に背中を押されたことが大きい[8]

メンバー

高音→低音の順。ダークダックスデューク・エイセスと違い、立ち位置は、左→右に向かって、低音→高音となっている。

吉田秀行(よしだ ひでゆき)
(1965-08-26) 1965年8月26日(61歳)埼玉県比企郡鳩山町出身。担当パートは、セカンド・テナー。2003年に大町正人の後任として加入。愛称は"(ボニーの)ヨンさま"。立ち位置は、西脇久夫の存命中は右から2番目だったが、西脇の死去後、立ち位置は一番右。
玉田元康(たまだ もとやす)
(1934-05-31) 1934年5月31日(92歳)満洲国安東市(現・中華人民共和国丹東市)生まれ。熊本県天草市出身。担当パートは、バス。ボニージャックスのリーダーを務める。文学部出身。愛称は"のぼさん"。立ち位置は、一番左。ヒゲがトレードマークだが、活動初期は生やしておらず、現存する1963年と1965年の紅白歌合戦出場時の映像ではいずれもヒゲを剃った姿で出演している。

元メンバー

鹿嶌武臣(かしま たけおみ)[12]
1934年1月1日 - 2024年9月12日京都府舞鶴市出身。鹿嶌は鹿島とも表記される。担当パートは、バリトン政治経済学部出身。愛称は"トラさん"。立ち位置は西脇久夫の存命中は、左から2番目だったが、西脇の死去後、立ち位置は真ん中。2024年9月12日午後6時38分、脳幹出血のため、さいたま市内の病院で死去した[13]90歳没
西脇久夫(にしわき ひさお)
1936年1月29日 - 2021年8月30日宮城県塩竈市出身。担当パートは、トップ・テナー商学部出身。愛称は"六さん"。立ち位置は一番右。芸能事務所ニュー西北エンタープライズの代表。また、日本歌手協会の監事を務めていた。2021年8月30日午前8時50分、肺がんのため東京都内の病院で死去[14]85歳没。死去の数年前にがんの手術を受け、その後も治療を受けながら歌手活動を続けていた。2021年7月4日に宮崎県で開催された「童謡の祭典」が西脇久夫最後のステージとなった[15]。西脇久夫の後任は置かず、以後(玉田、鹿嶌、吉田の)3人で活動を継続する[6]
大町正人(おおまち まさと)
1937年7月20日 - 2011年7月8日。満州大連市生まれ。担当パートは、セカンド・テナー。法学部出身。愛称は「アッちゃん」。立ち位置は右から2番目。
1970年(昭和45年)10月21日午後3時20分ごろ、同日夜に行われる労音主催のコンサートに出演するため、自ら運転する自動車で山梨県甲府市の県民会館へ向かう途中、大月市笹子町白野の国道20号で、道路を横断しようとした78歳の男性をはねた。男性は間もなく死亡した[16][17]。警察の取り調べに対し、大町は、男性が左右を確認していたため通過できると思い、時速約50キロメートルで進行したところ、男性がつまずくような格好で突然前方に出てきたため、避けきれなかった旨を供述した[16][17]。この事故により、ボニージャックスは同日夜のコンサートへの出演を取りやめた[16][17]
45周年公演を目前に肝硬変で倒れ、リタイアした。大町のリタイア後、後任として2003年に吉田秀行がメンバーに加わった。闘病しつつ音楽活動を行っていたが、2011年7月8日、肝臓がんのため横浜市の自宅で死去した[18]73歳没

ディスコグラフィー

代表曲・アルバム

など多数。鉄道唱歌も歌っており、テレビ番組『ズームイン!!朝!』で「鉄道唱歌の旅」として放送されVHS・CDとして発売された(ただし一部の歌詞は省略されている)。2007年にはそれとは別に334番まで歌った『鉄道唱歌全曲』も発表し、こちらは334番すべてが収録されている。第四集(北陸篇)の編曲者は西脇久夫である。

スタジオ・アルバム

  1. 日本の民謡(1964年、SKJ-1038)
  2. ロシア民謡集(1969年、SKK-519)
  3. 歌の早慶戦(1972年、SKLB-5881)
  4. 世界のメルヘンを歌う(1973年、SKK-819)
  5. 通りすぎた愛の日に(1977年、PP-7012)
  6. オレンジ色のランプ(1977年、S-7014)
  7. 走れ!!うたの超特急(1978年、JBX-187)
  8. コーヒーカップの海(1978年、KVX-1040)
  9. 不滅の日本寮歌集―寮歌は生きている―(1978年、MR-3116)
  10. ク・リ・ス・マ・ス(1978年、KVX-1049)
  11. 旅情(1979年、KVX-1052)
  12. 君しのぶ夜 フォルクローレの旅(1979年、KVX-1057)
  13. オホーツクの海(1980年、KVX-1060)
  14. 城ヶ島の雨〜ボニージャックス 日本の詩情をうたう(1980年、KVX-1075)
  15. 男と男が飲む酒は(1981年、KVX-1110)
  16. ボニーのドレミファ音楽館(1982年、SJX-2233)
  17. 車椅子のおしゃべり 立山にうたう(1983年、KVX-1127)
  18. 世界のうたをうたう (1984年、SJX-2269〜70)
  19. おやじの舟歌 (1989年、KVX-1136)
  20. 日本寮歌集(1986年9月21日、VDR-5131)
  21. 歌・昭和のあけぼの(1991年3月21日、CSCL-1652)
  22. 空とぶうさぎ-車椅子のおしゃべり-(1991年4月21日、VICG-5146)
  23. ひとつふたつかぞえて-車椅子のおしゃべり PART2-(1996年5月22日、VICG-5442)
  24. 胸に響くサトウハチロー作品集(1998年11月27日、KICX-7018)
  25. 金子みすゞの世界(2003年12月17日、MDCL-1455)
  26. そして葉桜のとき〜ボニージャックスこころのうた(2010年4月21日、KICX-765)

出演

テレビ

CM

ラジオ


NHK紅白歌合戦出場歴

さらに見る 年度/放送回, 曲目 ...
年度/放送回曲目対戦相手
1963年(昭和38年)/第14回 一週間 トリオこいさんず
1964年(昭和39年)/第15回 幸せなら手をたたこう 梓みちよ
1965年(昭和40年)/第16回 手のひらを太陽に ペギー葉山
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NHKみんなのうた出演歴

▲はラジオのみの放送。△は映像素材が現存されていない楽曲[20]

さらに見る 初放送, 曲目 ...
初放送 曲目 デュエット 再放送
1961年(昭和36年)4月 - 5月
1966年(昭和41年)4月 - 5月
あわて床屋 (なし) 詳細
1961年(昭和36年)6月 - 7月 三匹の蜂 2021年(令和3年)9月▲
1961年(昭和36年)8月 - 9月 いずみのほとり△ (なし)
1961年(昭和36年)8月 - 9月 うちを建てよう
1961年(昭和36年)10月 - 11月 熊ちゃんのピクニック英語版
1961年(昭和36年)12月 - 1962年(昭和37年)1月 金ぴらふねふね(1961年版)△
1962年(昭和37年)4月 - 5月 ピクニック スリーグレイセス
東京少年少女合唱隊
2025年4月 - 5月▲
1962年(昭和37年)6月 - 7月 気のいいあひる(1962年版)△ (なし)
1962年(昭和37年)10月 - 11月
1972年(昭和47年)10月 - 11月
1982年(昭和57年)10月 - 11月
ちいさい秋みつけた[注 5] 詳細
1962年(昭和37年)12月 - 1963年(昭和38年)1月 シーハイルの歌△ 東京少年少女合唱隊 (なし)
1963年(昭和38年)2月 - 3月
1973年(昭和48年)10月 - 11月
はるかな友に (なし) 詳細
1963年(昭和38年)4月 - 5月 一週間 2021年(令和3年)2月▲
1963年(昭和38年)10月 - 11月 青い空の歌△ 2019年(平成31年)2月 - 3月▲
1963年(昭和38年)12月 - 1964年(昭和39年)1月 ひげのお医者さん△[21] (なし)
1964年(昭和39年)2月 - 3月 ゲレンデの穴[22] 東京放送児童合唱団
1964年(昭和39年)4月 - 5月 ゆかいに歩けば△[23] 2021年(令和3年)5月▲
1964年(昭和39年)10月 - 11月 朝いちばん早いのは (なし) 2018年(平成30年)10月 - 11月▲
1964年(昭和39年)12月 - 1965年(昭和40年)1月 陽気にうたえば 2023年(令和5年)2月 - 3月▲
1965年(昭和40年)4月 - 5月 川のうた△ (なし)
1965年(昭和40年)6月 - 7月 小鳥の結婚式[22] 杉並児童合唱団
1965年(昭和40年)8月 - 9月 ガチャガチャバンド△[24] (なし)
1965年(昭和40年)10月 - 11月 まっかな秋 2021年(令和3年)10月▲
1965年(昭和40年)12月 - 1966年(昭和41年)1月 冬の行進△ 東京放送児童合唱団 (なし)
1966年(昭和41年)6月 - 7月 五匹のかえる△ 天地総子
1967年(昭和42年)4月 - 5月 ゆりかごのうた (なし) 1974年(昭和49年)4月 - 5月
1967年(昭和42年)12月 - 1968年(昭和43年)1月 父さんのポンチョ△[25] (なし)
1968年(昭和43年)4月 - 5月 山寺の和尚さん△ 2021年(令和3年)3月▲
1968年(昭和43年)10月 - 11月 ずいずいずっころばし
(1968年版)△
(なし)
1968年(昭和43年)12月 - 1969年(昭和44年)1月 おかあさんの顔 詳細
1969年(昭和44年)8月 - 9月 みどりの牧場で 西六郷少年少女合唱団 2023年(令和5年)6月 - 7月▲
1969年(昭和44年)12月 - 1970年(昭和45年)1月 雪はのんのん~熊っ子たちの子もり歌~ 荒川少年少女合唱隊 詳細
1970年(昭和45年)12月 - 1971年(昭和46年)1月 かあさんのうた(1970年版)△ (なし) (なし)
1971年(昭和46年)8月 - 9月 さびしいカシの木 2012年(平成24年)8月 - 9月▲
1972年(昭和47年)2月 - 3月 ラ・ゴロンドリーナ(つばめ)
(1972年版)
みんなのうた発掘スペシャル VOL.1
1973年(昭和48年)6月 - 7月 さらばジャマイカ[26] (なし)
1977年(昭和52年)6月 - 7月 こんな時があってもいいね 2006年(平成18年)6月 - 7月▲
2015年(平成27年)6月 - 7月▲
1980年(昭和55年)4月 - 5月 希望が愛が、ホラ (なし)
1981年(昭和56年)8月 - 9月 海を贈ろう 2017年(平成29年)8月 - 9月▲
1994年(平成6年)2月 - 3月 雪の音 1995年(平成4年)2月 - 3月▲
2018年(平成30年)2月 - 3月▲
1995年(平成7年)8月 - 9月 元気のでる歌 2014年(平成26年)8月 - 9月
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出演は全44回で、男性歌手としては最多出演である。


脚注

関連項目

外部リンク

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