鳥居清忠 (2代目)

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19世紀初頭

二代目 鳥居清忠(にだいめ とりい きよただ、生年不明 - 嘉永3年3月3日1850年4月14日〉)は、江戸時代浮世絵師[1]

鳥居清長の門人。本姓は山口、俗称喜右衛門。江戸住吉町(現在の日本橋人形町二〜三丁目)で三礼湯屋という薬屋を営んでいたが、家業を息子の亀次(三代目鳥居清忠)に譲り二代目清忠を名乗った。作画期は文化から文政のころにかけてで、芝居関係の仕事に従事したが大成しなかったという。作は美人画が知られ、「桜下太夫図」には画風に喜多川歌麿の影響がうかがえる。墓所は東京都台東区谷中の玉林寺、法名は松山齢寿信士。

作品

  • 「桜下太夫図」 絹本着色 板橋区立美術館所蔵 ※「鳥居清忠画」の落款、「鳥居」の白文方印と「清忠」の朱文方印あり。この絵の花魁は扇散らしの衣装を着ていることなどから、これは吉原の遊廓扇屋にいた花扇(五代目)であろうといわれている。
  • 「松風村雨図」 紙本着色 日本浮世絵博物館所蔵
  • 源三位頼政退治図」 絵馬1面 春日神社(長柄町)所蔵 文化12年(1815年)、長柄町指定文化財

参考文献

脚注

関連項目

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