鳥居清忠 (3代目) From Wikipedia, the free encyclopedia 三代目 鳥居清忠(さんだいめ とりい きよただ、文化14年〈1817年〉 - 明治8年〈1875年〉6月15日)は、江戸時代後期から明治時代初期にかけての浮世絵師[1]。 二代目鳥居清満の門人。二代目鳥居清忠の子で父清忠からも絵を学ぶ。本姓は山口(長谷川とも)、幼名は亀次、俗称喜右衛門。三礼堂、昇竜軒と号す。三礼堂というのは江戸住吉町にて薬種商を営み、三齢湯という薬を売り出していたことによる。作画期は天保から明治のころにかけてで、鳥居派の芝居絵を描き、また勘亭流も良くしたという。作に肉筆画「文書く遊女図」(絹本着色、日本浮世絵博物館所蔵)が知られるが、これは父の二代目清忠の作かともいわれている。享年59。墓所は東京都台東区谷中の玉林寺、法名は山応奇水信士。 参考文献 日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』(第2巻) 大修館書店、1982年 日本浮世絵博物館編 『肉筆浮世絵撰集 解説』 学習研究社、1985年 ※27頁 関連項目 鳥居清忠 鳥居清忠 (2代目) 鳥居清忠 (4代目) 鳥居清忠 (5代目) 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『鳥居清忠』 - コトバンク Related Articles