鹿の園

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フランソワ・ブーシェが描いたマリー=ルイーズ・オミュルフィ
19世紀の版画。鹿の園に招き入れられる女性たち

鹿の園(しかのその、フランス語: Parc-aux-cerfs [paʁk.o.sɛʁ])は、フランス革命以前のフランス貴族が鹿などの狩猟を行うために森林を開いた場所のことである[1]が、歴史的に最も有名なのは、ヴェルサイユ宮殿の森の一角と、そこにあるルイ15世所有の邸宅のことである。ここにはルイ15世の複数の愛人が住み、国王の呼び出しに応じてそこから連れ出されていた。

一説によれば、この邸宅に住まわせる女性の選定など、この邸宅に関する一切の取り決めは、ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人が管理していた。ポンパドゥール夫人は、国王とかなり近しい立場を取りつつも、その頃にはもう肉体関係は持っていなかった。ただし、ナンシー・ミットフォードによるポンパドゥール夫人の伝記には、鹿の園にはポンパドゥール夫人は無関係であったとある[2]。実際には、ルイ15世のヴァレ・ドゥ・シャンブル英語版(私的な使用人)であるドミニク・ギヨーム・ルベル英語版が鹿の園の愛人の選定をしていた[3]

1752年から1768年にかけて、この邸宅には多くの大人の女性や少女が住み、しばしば複数人が同時に住んでいた。その多くが身元不詳の人物だった。鹿の園に住んでいた有名な愛人として、マリー=ルイーズ・オミュルフィ(1752年 - 1755年)とその妹ブリジット・オミュルフィ英語版(1755年 - 1757年)、「ヴェロン・ド・セラン夫人」こと ジャンヌ=マルグリット・ド・ニケ(1754年)、ジャンボヌ夫人マリー・ルイーズ・ド・マルニ(1758年)、マルグリット=カトリーヌ・エノー英語版(1759年 - 1762年)、リュシー・マドレーヌ・デスタン英語版(1760年 - 1763年)、ルイーズ・ジャンヌ・ティエルスラン・ド・ラ・コレトリー英語版(1762年 - 1765年)、マリー・テレーズ・フランソワーズ・ボワスレ英語版(1768年)、「マルス夫人フランス語版」ことジャンヌ=マルグリット・サルヴェタ(1768年)などがおり、最後の住人はデュ・バリー夫人(1768年)だった。この邸宅は1771年に売却された。

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