鹿倉吉次
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神奈川県中郡相川村(現在の厚木市)で生まれる[1][2]。慶應義塾で事務などの仕事をしながら、勉学に励んだ[2]。1914年(大正3年)に毎日新聞社に入社し、営業、販売で活躍し、1942年(昭和17年)から専務を務めるが[3]、戦後、公職追放となり辞任した[4]。
1951年(昭和26年)にラジオ東京(後の東京放送、現在のTBSホールディングス)の設立と同時に足立正社長の下で専務を務め、1960年(昭和35年)5月から足立の後を継ぐ形で社長となる[1][3]。社長在任時には、赤坂でのTBS本館の建設及びテレビ局増設、財政基盤の強化により、TBSを「民放の雄」と呼ばれる地位に導いた[5]。1965年(昭和40年)11月からは相談役を務めた[1]。
ほかに、毎日新聞社最高顧問や日本モーターボート協会会長なども歴任した[1]。
脚注
参考文献
- 東京放送編『TBS50年史』東京放送、2002年1月。
- 『「毎日」の3世紀 新聞が見つめた激流130年 下巻』毎日新聞社、2002年2月。ISBN 4620905941
- 興信データ株式會社『人事興信録 第23版 上』興信データ、1966年。
| 歴代社長1 |
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| 歴代会長1 3 | |
| 歴代TBSテレビ社長4 | |
| 歴代TBSテレビ会長4 | |
| 歴代TBSラジオ社長5 | |
| 歴代TBSラジオ会長5 | |
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11951年5月17日設立の法人(旧・東京放送→東京放送ホールディングス→現・TBSホールディングス)における歴代の社長・会長を通しで記載。 2前社長急逝に伴う臨時代行 31976年6月~1977年6月、1983年6月~1986年3月、1989年6月~1996年6月、2001年6月~2002年6月、2006年6月~2009年3月の会長職は空席 42004年10月に制作子会社3社(2000年から2001年に分社化)が合併・発足以降の歴代の社長・会長を記載 52000年3月の分社化以降の歴代の社長・会長を記載 62021年6月~2023年6月は会長職空席。 | |