砂原幸雄
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1961年(昭和36年)、TBSに入社[4]。1967年(昭和42年)に制作部に配属され、『半七捕物帳』『時間ですよ』などのサブプロデューサーを務めた[4]。1977年(昭和52年)にはテレビ編成部専任部長、1984年(昭和59年)にはニューヨーク支局長にそれぞれ異動となり、ニューヨーク支局長時代にはマスターズゴルフの中継権交渉などを担当した[4]。1988年(昭和63年)に帰国して以降はテレビ編成局次長・スポーツ局長を務め、1990年(平成2年)にはテレビ編成局長に就任したが、視聴率が低迷したことなどから1993年(平成5年)2月には社長室長へ異動となり、同年6月から社長就任までは取締役ラジオ編成制作局長を務めていた[4]。
1996年(平成8年)5月1日付で[5]、坂本堤弁護士一家殺害事件にかかわるTBSビデオ問題で引責辞任した磯崎洋三の後任として社長に就任[6]。この不祥事により社会的信用を失墜させたTBSの再建を任される形での社長就任だった[7]。社長就任後にはビデオ問題を起こした社会情報局を統廃合し、『スーパーワイド』『モーニングEye』を打ち切ったほか、生放送番組をモニターする編成考査局を発足させた[8]。また制作局、ラジオ局等をTBSエンタテインメント、TBSラジオ&コミュニケーションズ等に分社化する組織改編を行った。
2002年(平成16年)1月31日付で[9]、TBSがプロ野球球団の横浜ベイスターズをそれまでの親会社であったマルハ(現:マルハニチロ)から買収したことを受け、横浜球団の5代目オーナーに就任する[3]。同年6月27日付でTBS社長職を井上弘に譲り、自身は会長に就任したが[10][11]、横浜球団のオーナー職は続投した[12]。しかし横浜球団オーナーおよびTBS会長を務めていた2004年(平成16年)には一場靖弘の獲得をめぐって横浜スカウトが50万円の裏金を渡していた一場事件が発覚し、10月21日付で球団オーナーを引責辞任し(TBS会長職は留任)[13]、後任としてTBS副社長を務めていた若林貴世志が新オーナーに就任した[14]。前述のように不祥事に揺れたTBSの再建を任されて社長に就任した経歴を有する砂原だったが、後に自身も不祥事が原因で要職を引責辞任する結果となった[15]。
『NEWS23』のメインキャスターだった筑紫哲也は、砂原が娯楽畑出身で政治をはじめとする報道部門に弱かったことから、砂原のアドヴァイザーを自認していた。
2006年(平成18年)6月29日付でTBSの会長職を退き、相談役に就任[16]。2011年(平成23年)春の叙勲で、旭日重光章を受章[17]。
映像作品
脚注
- ↑ 2009年4月1日付で、「東京放送ホールディングス」(TBSHD)に社名変更し、「TBS」の略称は子会社のTBSテレビに引き継がれた。
- 1 2 “TBS元会長 砂原幸雄氏 がんのため死去 83歳”. スポーツニッポン. (2020年8月18日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2020/08/18/kiji/20200818s00041000220000c.html 2022年6月23日閲覧。
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ) - 1 2 『朝日新聞』2002年2月1日東京朝刊スポーツ2面16頁「新オーナーに砂原幸雄氏を選出 横浜ベイスターズ プロ野球」(朝日新聞東京本社)
- 1 2 3 4 『朝日新聞』1996年4月11日東京朝刊第三社会面33頁「社内に驚き・歓迎 TBS新社長に砂原幸雄氏内定 オウムビデオ問題」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 『朝日新聞』1996年5月2日東京朝刊第二社会面26頁「「テープ問題調査は終了」 砂原幸雄・TBS新社長会見」(朝日新聞東京本社)
- ↑ “砂原幸雄氏が死去 元TBS(現TBSHD)社長”. 日本経済新聞. (2020年8月18日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62762410Y0A810C2CZ8000/ 2022年6月23日閲覧。
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ) - ↑ 『神奈川新聞』2002年1月27日朝刊A版社会面23頁「BayStars オーナー球団譲渡の舞台裏(1) 戦略 新生への試み始動 魅力だった〝ソフト〟」(神奈川新聞社 横浜球団株譲渡問題取材班)
- ↑ 『朝日新聞』1996年8月23日東京朝刊第二経済面11頁「砂原幸雄氏・TBS 制作の姿勢に道つける(96新社長)」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 『中日新聞』2002年1月31日夕刊スポーツ面9頁「横浜オーナーに砂原氏 TBS社長 譲渡総額は140億円」(中日新聞社)
- ↑ 『朝日新聞』2002年5月30日東京朝刊第三総合面3頁「新社長に井上弘氏 TBS正式発表」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 『TBS総務局広報部』2002年5月29日「役員の異動について」(東京放送株式会社)
- ↑ 『朝日新聞』2002年5月26日東京朝刊スポーツ3面23頁「(プロ野球短信)横浜の砂原オーナーは続投の意向」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 「横浜、阪神のオーナー辞任 金銭授受問題で」『朝日新聞』朝日新聞社、2004年10月22日。オリジナルの2004年10月24日時点におけるアーカイブ。2024年12月20日閲覧。
- ↑ 『朝日新聞』2004年10月28日東京朝刊スポーツ1面19頁「横浜新オーナーに、TBSの若林貴世志副社長 プロ野球」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 『東京新聞』2004年10月23日朝刊特報1面26頁「こちら特報部 『横浜』買い TBS誤算?」『現金スカウト』オーナー辞任 メディアがまた…イメージダウン 視聴率も低迷 当初から社内で批判」(中日新聞東京本社)
- ↑ 『朝日新聞』2006年5月18日東京朝刊政治面4頁「東京放送人事」(朝日新聞東京本社)
- ↑ “平成23年春の叙勲 旭日重光章受章者” (PDF). 内閣府. p. 1 (2011年4月). 2013年2月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月10日閲覧。
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11951年5月17日設立の法人(旧・東京放送→東京放送ホールディングス→現・TBSホールディングス)における歴代の社長・会長を通しで記載。 2前社長急逝に伴う臨時代行 31976年6月~1977年6月、1983年6月~1986年3月、1989年6月~1996年6月、2001年6月~2002年6月、2006年6月~2009年3月の会長職は空席 42004年10月に制作子会社3社(2000年から2001年に分社化)が合併・発足以降の歴代の社長・会長を記載 52000年3月の分社化以降の歴代の社長・会長を記載 62021年6月~2023年6月は会長職空席。 | |