黒崎そごう
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KUROSAKI SOGO | |
|---|---|
| 店舗概要 | |
| 所在地 |
〒806-0021 福岡県北九州市八幡西区黒崎1−1−1[1] |
| 開業日 |
1979年(昭和54年)10月3日[2] 開店日:1979年(昭和54年)10月6日[1][3] |
| 閉業日 | 2000年(平成12年)12月25日[4] |
| 建物名称 | 黒崎駅東地区再開発ビル(メイト黒崎ビル)[2] |
| 土地所有者 | 黒崎駅東地区市街地再開発組合 |
| 施設所有者 | 株式会社黒崎そごう |
| 施設管理者 | 株式会社黒崎そごう |
| 設計者 | 石本建築事務所 |
| 施工者 | 大成建設九州支店 |
| 敷地面積 | 20,747.05 m² |
| 建築面積 | 15,228.62 m² (建蔽率73%) |
| 延床面積 | 98,195.28 m² |
| 商業施設面積 | 26,332 m²[5] |
| 営業時間 | 午前10時〜午後7時[6] |
| 後身 | 井筒屋黒崎店 |
| 最寄駅 | |
| 最寄IC | 北九州高速4号線 黒崎出入口(当時) |
| 種類 | 株式会社[1] |
|---|---|
| 略称 | 黒崎そごう |
| 本社所在地 |
806-0021 福岡県北九州市八幡西区黒崎1−1−1[1] |
| 設立 | 1977年(昭和52年)10月21日[1] |
| 業種 | 小売業 |
| 資本金 |
1億円[1] ↓ 7億5000万円[1] |

そごう閉店後、井筒屋黒崎店が入居していた。
黒崎そごう(くろさきそごう)は、1979年から2000年まで福岡県北九州市八幡西区のJR黒崎駅前に存在していた百貨店、および同店舗を所有、運営していたそごうグループの関連会社の名称である[4]。
大手百貨店そごうグループ10番目の店舗として[7]1979年10月6日に開店[1][3]。広告に、当時流行していたアニメ「宇宙戦艦ヤマト」をモチーフにした「まるで宇宙戦艦!」というキャッチフレーズを使用するなど、九州での知名度不足を補うため宣伝・広報活動に力を入れていた[8][9]。
川の流れるレストラン街が初めて設置されたそごう店舗である[7]。当店の開店でそごうは北海道、本州、四国、九州4島全てへの出店を達成した初の百貨店となった[10]。
黒崎そごうビルの正式名称はメイト黒崎で、開業当時はメイト黒崎直営の「ショッピングセンターメイト黒崎(クロサキメイト)」、テナントとして黒崎そごう、ジャスコ黒崎店[3](のち黒崎フォーラスに業態転換後、閉鎖)が入居していた。1999年のフォーラス撤退後は、メイト黒崎直営の「メイトエンポリアム」として継続営業(のちにクロサキメイトと統合)された。
2000年7月12日にそごうグループが経営破綻。黒崎そごうは黒字であったが、商圏内の産業衰退と福岡、小倉への流出による商圏の縮小、コムシティの出現により赤字転落は避けられず、さらには老朽化や耐震への対応も必要であり、小倉そごうと同様に同年12月25日に閉店した[4]。北九州の副都心である黒崎の中心地(JR黒崎駅から至近距離)にある巨大ビルの大方が閉鎖されたことによるイメージダウンを懸念していた地元の強い要望もあり、後継テナントとして井筒屋黒崎店が2001年10月に移転開業した[11][注釈 1]。
屋上は、夏期に限り「屋上ビアガーデン」としてオープンしており、井筒屋移管後も継続していた[16]。
井筒屋黒崎店は、入居する「クロサキメイト」の運営会社が2020年4月に経営破綻したことにより同ビルからの撤退を発表し、同年8月17日に閉店した[17]。
略歴
主な店舗・施設
フロア案内
| 階 | フロア概要 | 備考 |
|---|---|---|
| RF | そごう屋上大スカイパーク | |
| 7F | そごう名店食堂街と大催会場→東西味の名店食堂街 | |
| 6F | きものとくらしとギフトのフロア→リビングと大催会場のフロア | |
| 5F | こどものフロア→子供服と婦人肌着のフロア | |
| 4F | メンズファッションフロア | |
| 3F | レディスファッションフロア | |
| 2F | ファッションと雑貨のフロア | |
| 1F | 大フードセンター→食品フロア「おいしさ一番館」 | |