龍田 (熊本市)
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歴史
地名の由来
近くにある立田山(龍田山)にちなんでいると伝えられる。[2] なお、正しくは「天田」だったという説もある。
沿革
- 奈良時代まで
- 縄文後期の遺跡が白川河岸に見つかっているため、原始的な農耕が行われていたと考えられている。
- 弥生・古墳の遺跡も多く見つかっていることから、飽田郡の郷の一つである立田郷があったと考えられている。
- 1332年(元弘2年)、立田阿蘇三宮神社が宇治惟直によって牧鶴に創建。
- 恵良惟澄が立田を焼き払う。
- 15世紀後期から1560年頃まで菊池氏一族の立田氏により支配。立田小太郎重治により、白川小金淵に立田城が築城される。また、1555年頃には、立田山中に宝積寺(寳積寺)、陳内阿蘇神社が建立された。加藤氏統治時代には、鹿子木一族が支配したとされ、1588年(天正16年)には、清正によって豊後街道が拓かれ、肥後藩の参勤交代における要所となる。
- 1645年(正保2年)、現在の武蔵塚公園のあるあたりに、宮本武蔵が葬られたとされる。
- 細川氏統治時代には、東福寺、片彦瀬菅原神社など多くの仏社が建立され、1661年(寛文元年)に立田阿蘇三宮神社は現在地に移設された。[4]
