震海
From Wikipedia, the free encyclopedia
1944年(昭和19年)、軍令部第二部部長の黒島亀人の指示で、小型潜水艇「マル九金物(別称・Y金物)」が試作された[1]。これは、潜水艦に搭載されて敵の軍港や艦船に近づき、潜水艦から離脱後、侵入して敵艦に爆雷を設置して奇襲するというものであった[2]。
完成した試作艇は、呉の倉橋島大浦崎P基地で審議会が行われたが、小型かつ低速すぎて舵の利きが悪く、敵艦の真下で姿勢を維持するのも困難だと予想された[2]。試乗した乗組員も立ち会っていた第六艦隊の鳥巣健之助大佐も性能に不満を持ち、試作の段階で不採用となった。東京から審議会に出席していた黒島は激怒し、鳥巣に向かって「この国賊ものめ!」と睨みつけたという[1]。
