2025年台北無差別襲撃事件
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午後5時20分ごろ – 午後7時40分ごろ (UTC+8)
| 2025年台北無差別襲撃事件 | |
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事件現場の一つである地下鉄中山駅(2025年7月撮影) | |
![]() 事件が発生した台湾台北市 | |
| 場所 |
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| 座標 | 北緯25度2分52秒 東経121度31分2秒 / 北緯25.04778度 東経121.51722度座標: 北緯25度2分52秒 東経121度31分2秒 / 北緯25.04778度 東経121.51722度 |
| 日付 |
2025年12月19日 午後5時20分ごろ – 午後7時40分ごろ (UTC+8) |
| 標的 | 民間人 |
| 武器 | ナイフ、発煙手榴弾、火炎瓶 |
| 死亡者 | 4人(自殺した犯人を含む) |
| 負傷者 | 11人 |
| 犯人 | 台湾人の男[1] |
| 動機 | 不明 |


2025年台北無差別襲撃事件(2025ねんタイペイむさべつしゅうげきじけん)とは、2025年12月19日午後5時20分(台湾標準時、UTC+8)ごろ、中華民国(台湾)台北市で発生した無差別襲撃事件である。犯人の男Cを含む4名が死亡、11名が負傷した。
被害者
台湾の無差別襲撃事件は少なく、台北で同様の事件が最後に起きたのは、2014年の台北地下鉄通り魔事件である[1]。
犯人の男C・W(以下C)は19日午後5時20分(台湾標準時)ごろ、防毒マスクなどを身につけ、台北MRT台北駅構内の地下道で発煙弾を投じた[2]。このとき、Cを止めようとした男性がナイフで刺されて死亡した。また、地下鉄の職員が喉を負傷した[3]。Cは地下通路を通って台北駅から約800メートル離れた中山駅に逃走し、旅館に立ち寄って武器を補充した[注釈 1]。
午後6時40分ごろ、中山駅近くの路上で、複数の発煙弾を路上に投じ、ナイフで無差別に通行人を切りつけながら近くの百貨店に侵入した。その後、百貨店の最上階(6階)でCを追いかけてきた警察官らに囲まれ飛び降り、病院で死亡が確認された[1][4]。
14人がナイフで刺されるなどの被害を受け、そのうち3人が亡くなった。
| 被害者 | 負傷詳細 | 負傷場所 | 搬送先 |
|---|---|---|---|
| ナイフで刺される | |||
| 男性会社員 (容疑者の犯行を阻む) |
胸部貫通刺創・死亡 | 台北駅M7・M8口 | 国立台湾大学医学部附属病院 |
| 男性警備員 (通りすがりのバイク乗り) |
頸部切創・死亡 | 百貨店前の横道 | マカイ記念病院 |
| 男性銀行員・来店客 | 右腹刺創及び肝臓の損傷・死亡 | 百貨店4階 | 新光吳火獅記念病院 |
| 男性店員 | 右胸刺創・重体 | 三軍総病院国防医学センター | |
| 男性来店客 | 頸部切創・重体 | 国立台湾大学医学部附属病院 | |
| 女性来店客 | 肩部、左手切創 | 百貨店1階 | 台北市立連合病院中興院区 |
| その他 | |||
| 男性台北メトロ社員 | 消火中に煙を吸い込んで気道熱傷 | 台北駅M7・M8口 | マカイ記念病院 |
| 女性来店客 | 左頬、顎裂傷 | 百貨店3・4階 | 三軍総病院松山分院 |
| 自ら医療機関を受診6人 (男性2人・女性4人) |
軽傷 | 台北駅構内4人 |
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| 中山駅付近・百貨店構内2人 | |||
| 出典:[5] | |||
犯人C
Cは台湾空軍に所属していた経歴があり、警備・セキュリティ業務を遂行したことがあったものの、2022年に飲酒運転が発覚したことで除隊となっていた[6]。2025年7月に兵役に基づく招集に応じなかったため、兵役妨害処罰条例違反により指名手配されており[6][4][3][注釈 2]、犯罪歴もあった[1]。 2025年1月から台北市内の借家に住んでいたが、事件の数日前から旅館に宿泊していた。犯行前日の18日には百貨店に屋上に上がる方法を問い合わせていた[7]。また、事件当日の19日午後3時過ぎ、台北市内でオートバイに放火し、同5時過ぎに自宅に放火した。しかし、この時点で警察の注意を引くことができなかった[3][注釈 3]。
事件当時Cは、ナイフや発煙弾のほかに、手製の爆発物も所持していた。事件後に事件現場からサバイバルゲーム用品と発煙弾17個、火炎瓶15本、凶器などが発見された[7]。
捜査
兵役妨害で指名手配されていた事件は、Cが事件中に死亡したため、規定に基づき不起訴となった。一方で、無差別攻撃事件の捜査は引き続き進められている[8]。Cの両親に対する事情聴取も行われた。Cは長期間家族と連絡をしていなかったという[3]。
対応
ノー・ノトリエティ運動
一部のメディアが加害者の経歴や使用した凶器について詳細に報道したことを受け、台湾のインターネット利用者の間では、アメリカ合衆国における銃乱射事件をめぐる議論から生まれた「No Notoriety(ノー・ノトリエティ)」運動に呼応する動きが広がった。支持者は、加害者に過度な注目や知名度を与えることが模倣犯を助長するおそれがあると主張している。この文脈において、参加者は、クライストチャーチモスク銃乱射事件後にニュージーランド前首相ジャシンダ・アーダーンが行った演説を引用し、「加害者ではなく犠牲者の名前を語るべきであり、彼が求めている悪名を与えるべきではない。ニュージーランドは彼に何も与えない。名前すらも与えない」と述べた発言に言及した[10]。元テレビキャスターの蕭彤雯も同様の立場を示し、メディアや一般市民に対し、加害者の名前を繰り返し言及しないよう呼びかけた[11]。
こうした市民の訴えを受け、台北市長の蔣万安は、容疑者を実名ではなく「12月19日の容疑者」と呼び、社会として加害者にいかなる悪名も与えるべきではなく、被害者と公共の安全に焦点を当てるべきだと述べた[12]。
事件後、「ノー・ノトリエティ」の考え方に基づく議論では、加害者ではなく、犠牲者や勇敢な行動に注目すべきだとの主張が強調された。多くの論者は、犯人を阻止しようとして命を落とした余家昶を記憶し、追悼すべきだと訴えた[13]。
