2026年大田原市長選挙
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選挙データ
選挙までの経過
2022年大田原市長選挙
栃木県議会議員を5期務め、議長も務めた相馬は、2021年(令和3年)11月4日、記者会見を開き、大田原市長選挙に出馬する意向を示した[5]。相馬は自由民主党及び公明党に推薦願を出したが、両党とも4期目を目指した現職で、地元栃木3区選出の簗和生衆議院議員の後援会総連合会長も務める津久井富雄を推薦し、大田原市議会も定数21人のうち17人が現職支持を表明した[6]。保守分裂の選挙戦となったが、2022年(令和4年)3月20日の投開票の結果、相馬が10,049票を獲得し、現職の津久井を189票差で上回り、初当選を果たした[7]。同年4月8日、大田原市長に就任[8]。
選挙に向けた動き
任期満了が近づく中、相馬は2025年(令和7年)11月14日、定例記者会見で再選出馬を表明し、自民党に推薦を申請[9]。これに対し、対抗馬を模索する動きがあり、市議を6期務め議長経験もある引地(政友自民クラブ)の名が浮上[10]。引地は12月下旬に立候補の意向を周囲に明らかにした[11]。
2026年衆議院議員総選挙
大田原市をはじめとする衆議院栃木3区では、かつて渡辺喜美が盤石な地盤を築いていたが、2014年(平成26年)の第47回衆議院議員総選挙において、簗和生が渡辺を破って小選挙区で初当選し(第46回衆議院議員総選挙では比例復活)、以降連続当選を続けていた。しかし、2024年(令和6年)の第50回衆議院議員総選挙では、無所属新人の渡邊真太朗(渡辺と血縁関係はない)が接戦を演じ、簗が178票差で渡邊に競り勝った(大田原市での得票は簗12,147票、渡邊10,403票の1,744票差)[12]。
大田原市長選が3月に迫る中、2026年(令和8年)1月23日に衆議院が解散され、第51回衆議院議員総選挙が1月27日に告示された。栃木3区では、再び自民党公認の簗に渡邊が挑む構造となり、3区内の6市町長のうち、渡邊の出陣式で応援演説に立った[13]相馬をはじめ、川俣純子那須烏山市長や益子純恵那珂川町長は渡邊支援を公言[14]。一方、引地は簗の応援弁士を務めた[11]。保守分裂となった[13][14]選挙は、選挙戦終盤に高市早苗内閣総理大臣が簗の応援に立ったものの、2月8日の投開票の結果、渡邊が4,000票あまりの差をつけ初当選し、簗は比例復活となった[14]。大田原市での得票は簗14,173票、渡邊13,936票の237票差[11][15]。
選挙後の2月25日、自民党栃木県連は、自民党公認でない候補を応援したとして、相馬らを戒告とする処分を決めた[16]。
タイムライン
- 2025年(令和7年)
- 11月14日 - 相馬が再選出馬表明
- 2026年(令和8年)
- 1月27日 - 衆議院解散
- 2月8日 - 第51回衆議院議員総選挙。栃木3区で渡邊が当選、簗が比例復活
- 2月11日 - 引地が出馬表明、自民党に推薦申請[17]
- 2月25日 - 自民党栃木県連、相馬らの処分を決定。相馬、引地双方の推薦を見送り[18]
- 3月15日 - 告示
- 3月22日 - 投開票
選挙の構図と情勢
選挙結果
各候補の得票率
財政健全化などの成果を強調し市政の継続を訴えた相馬が6,807票差をつけ再選を果たし、引地は市政の刷新を主張し国政とのパイプをアピールしたが及ばなかった[2][20][22]。
※当日有権者数:56,341人 最終投票率:43.26%(前回比:
7.98pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 相馬憲一 | 68 | 無所属 | 現 | 15,480票 | 64.09% | |
| 引地達雄 | 74 | 無所属 | 新 | 8,673票 | 35.91% |
下野新聞が実施した出口調査では、支持する地元国会議員別の投票動向として、渡邊支持層の8割以上を相馬が固め、簗支持層の6割を引地が集めた一方、「特になし」とした回答者の7割以上を相馬が占め、引地は3割弱と及ばなかった[23]。
評価・影響
- 選挙戦では負けた方の影響力が削がれるとして渡邊、簗両氏の支援者たちがフル稼働した一方、投票率は前回選を下回り、人口減など市政を巡る諸課題は脇に追いやられたとして、読売新聞は、前年の那須烏山市長選や那珂川町長選も踏まえ、こうした盛り上がりが加熱しすぎれば、首長選の趣旨をゆがめかねないと警鐘を鳴らした[20]。下野新聞は、衆院選から続く保守分裂の争いに有権者からうんざりする声や政策論争が乏しいと嘆く声も上がったとして、分断ではなく「オール大田原」で地域を前へ進めることが必要と論じた[2]。当選した相馬も、前回より低い投票率について、「非難合戦のような空気に嫌気がさした市民も多かったのでは。選挙があると知らない人もいた」と重く受け止めた[24]。
- 栃木県の福田富一知事は2026年3月27日の記者会見で、1票差での決着となった那須町長選とあわせ、候補者同士の政策論争が活発にあったとしたうえで、「(当選した候補は)投票しなかった人の思いにも寄り添うことが重要」と指摘した[25][26]。
- 選挙後、大田原市観光協会長が任期を残して辞表を提出。選挙期間中に市政を批判するようなビラを配布したとされ、責任を取って辞表を提出したと説明した[27]。
- 敗れた引地は「公正な選挙が阻害された思いがある」として、市選管に異議申出書を提出し、3月25日付けで受理された[28]が、市選管は4月20日、引地側の主張が当選無効を訴える要件を満たすものではないと判断し、申立ての棄却を決定、同日付で棄却決定書を送付した[29]。