AT-10 (航空機)

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ビーチクラフト AT-10 ウィチタ

ビーチクラフト AT-10 ウィチタ(Beechcraft AT-10 Wichita)は第二次世界大戦中のアメリカ陸軍航空隊の高等練習機である[1]ビーチクラフト社とグローブ・エアクラフト社で生産された[1]

アメリカ陸軍航空隊の多発機のパイロットの養成のために適する双発機の要求に対して、1940年の初めにビーチクラフトはモデル25の設計を開始した。当時、アルミニウムなどの戦略物資の不足が懸念されていたので、戦略物資を使わないことが要求の中にあり、ビーチクラフトは木材(合板)を材料に機体を設計した[1][2]

モデル25はアメリカ陸軍に評価のために引き渡されたが1941年5月5日に墜落した。翌日からモデル26の製造を始め、7月19日に初飛行し、1942年2月にAT-10として採用され、ビーチクラフトの工場のある地名からウィチタという愛称がつけられた。

カーチス社のAT-9と同エンジン・同規模の機体だったが、本機の方が需要が大きく、生産数はおよそ3倍であった[1]

設計・製造

上記の経緯から、機体の基本構造は木製(合板製)で、主翼内の燃料タンクも合成ゴム張りの木製だった[1][2]。エンジンを除けば、機体に使用された金属部品はわずか44キログラム(97ポンド)に過ぎなかった[2]。木材を大量に使用したことで、家具製造業者が航空機製造分野に参入する契機となった[2]

製造の85パーセント以上は下請け業者で行われ、ビーチクラフト社では最終組立のみを担当した[2]。1943年にビーチクラフトが1,771機で生産を終了し、別に下請けのグローブ・エアクラフトが1944年までに600機を生産した[1]

運用

1942年の終わりまでに748機が生産され、爆撃機輸送機のパイロットの養成に用いられた。双発練習機としては先進的かつ優秀な性能で、陸軍航空隊のパイロットの半分以上が、AT-10で単発機から多発機への飛行転換を受けた[2]

展示機

1997年から、国立アメリカ空軍博物館で1機が展示されている[2]。この機体はインディアナ州シーモアのフリーマン陸軍飛行場に配備されていた機体を再現した塗装が施されており、完全な状態の静止展示機としては唯一の機体である[2]

要目

  • 乗員: 2名+乗客2名[1]
  • 全長: 10.46 m[1]
  • 全巾; 13.41 m[1]
  • 全高: 3.15 m[1]
  • 自重: 2,150 kg[1]
  • 全備重量: 2,780 kg[1]
  • エンジン: 2xライカミングR-680-9 空冷星型9気筒[1]
  • 出力 2x 295 hp[1] (220 kW)
  • 最大速度: 318 km/h[1]
  • 巡航高度:5,150 m
  • 航続距離:1,240 km[1]

脚注

参考文献

関連項目

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