MUTOHホールディングス
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 機関設計 | 監査等委員会設置会社 |
| 市場情報 | |
| 本社所在地 |
〒154-8560 東京都世田谷区池尻3丁目1番3号 |
| 設立 |
|
| 業種 | 電気機器 |
| 法人番号 | 7010701019406 |
| 事業内容 | グループ会社の経営管理、グループ資産管理等 |
| 代表者 | 代表取締役 礒邊泰彦 |
| 資本金 | 101億99百万円[1] |
| 発行済株式総数 | 5,054,818株[1] |
| 発行可能株式総数 | 17,000,000株[1] |
| 売上高 |
|
| 営業利益 |
|
| 純利益 |
|
| 純資産 |
|
| 総資産 |
|
| 従業員数 |
|
| 決算期 | 3月31日 |
| 会計監査人 | Forvis Mazars Japan 有限責任監査法人[1] |
| 主要株主 |
ブラザー工業株式会社 88.01% (2026年3月30日現在) |
| 関係する人物 | 佐藤敏明(元社長) |
| 外部リンク | https://www.mutoh-hd.co.jp/ |
1942年12月に武藤与四郎が創業した武藤目盛彫刻研究所を前身とする。1952年に改組し株式会社武藤目盛彫刻となり、1959年に武藤工業株式会社に商号を変更した。2007年に持株会社制に移行した際に現商号となる。子会社の武藤工業は、この時事業部門を新設分割により分社化したものである。
グループ会社には業務用大判インクジェットプリンターの国内最大手で、設計製図機械「ドラフター」で知られる武藤工業のほか、MUTOH製品のシステム開発を行うムトーアイテックス、スポーツ用品の輸入や製造・販売を行うムトーエンタープライズがある。
なお、創業者の武藤与四郎が1953年に開発した日本初の設計製図機械「ドラフターMH-1」は、2007年に日本機械学会の「機械遺産」第21号に認定されている[2]。また、ドラフターの名称はMUTOHホールディングスの登録商標である[3]。
沿革
- 1942年12月 - 武藤目盛彫刻研究所として創業[4]。
- 1952年3月5日 - 株式会社武藤目盛彫刻へ改組[1][4]。
- 1959年4月 - 武藤工業株式会社に商号を変更[1]。
- 1983年6月7日 - 東京証券取引所市場第二部に株式を上場[1]。
- 1985年5月 - 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]。
- 1990年1月 - 米国のカータ社に資本参加[1]。
- 1995年
- 1999年7月 - 東京コンピュータサービス株式会社(現・TCSホールディングス)と資本業務提携契約を締結[1]。
- 2007年4月 - 会社分割により持株会社制に移行し、MUTOHホールディングス株式会社に商号を変更。同時に事業部門を新設分割により分社化し、武藤工業株式会社を設立[1]。
- 2010年12月 - 株式会社セコニックに資本参加[1]。
- 2011年
- 2015年6月 - 監査等委員会設置会社へ移行[4]。
- 2016年8月 - 子会社のムトーアメリカ社、ムトーベルギー社、ムトーノースヨーロッパ社、ムトーシンガポール社、ムトーオーストラリア社の株式を、子会社の武藤工業に現物出資により譲渡[1]。
- 2022年
- 2023年
- 2024年
- 2025年4月 - 子会社の武藤工業がニッポー株式会社を吸収合併[1]。
- 2026年 - ブラザー工業が当社に対するTOBを実施[6]、議決権所有割合ベースで88.01%の株式を取得し親会社となる[7]。