ニコン
日本の光学機器メーカー
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株式会社ニコン(英: Nikon Corporation)は、東京都品川区に本社を置く、日本の光学機器メーカー。カメラ、交換レンズ、双眼鏡などの映像関連製品、半導体・FPD製造用露光装置、顕微鏡・眼科医療機器、測定・検査機器、光学部品、金属3Dプリンターなどを手掛ける[2]。三菱グループの一員で、三菱金曜会[6]および三菱広報委員会[7]の会員企業である。
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本社およびイノベーションセンター(2024年8月) | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 機関設計 | 監査等委員会設置会社[1] |
| 市場情報 | |
| 本社所在地 |
〒140-8601 東京都品川区西大井1丁目5-20 本社/イノベーションセンター |
| 設立 |
1917年(大正6年)7月25日 (日本光学工業株式会社) |
| 業種 | 精密機器 |
| 法人番号 | 5010001008763 |
| 事業内容 | 光学機械器具の製造・販売(映像、精機、ヘルスケア、産業、デジタルマニュファクチャリング) |
| 代表者 | |
| 資本金 |
654億7,600万円 (2026年3月31日現在)[2] |
| 発行済株式総数 |
3億3358万5686株 (2026年3月31日現在)[3] |
| 売上高 |
連結:6,771億6,300万円 (2026年3月期)[4] |
| 営業利益 |
連結:△1,124億4,800万円 (2026年3月期)[4] |
| 純利益 |
連結:△860億8,800万円 (親会社の所有者に帰属する当期損失、2026年3月期)[4] |
| 純資産 |
連結:5,881億9,600万円 (2026年3月31日現在)[4] |
| 総資産 |
連結:1兆750億700万円 (2026年3月31日現在)[4] |
| 従業員数 |
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| 決算期 | 3月31日 |
| 会計監査人 | 有限責任監査法人トーマツ[5] |
| 主要株主 |
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| 主要子会社 |
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| 関係する人物 | |
| 外部リンク |
www |
1917年(大正6年)に「日本光学工業株式会社」として設立され、当初は双眼鏡・測距儀などの光学機器を製造した。第二次世界大戦後は民生品へ転換し、1948年に35 mmカメラ「ニコン」を発売した。1959年の「ニコンF」以降、写真用カメラ・レンズで国際的なブランドを築く一方、1980年には日本初のLSI製造用ステッパーを製品化し、精密機器事業をもう一つの柱に成長させた。1988年にブランド名に合わせて現社名へ変更した。
2020年代には、従来の映像・精機事業に加え、ヘルスケア、産業、デジタルマニュファクチャリングへ事業領域を拡大している。2023年にドイツのNikon SLM Solutions AGを完全子会社化し、2024年には米国のREDを完全子会社化した。一方、2026年3月期にはデジタルマニュファクチャリング事業の減損などにより大幅な損失を計上し、同年4月には新たな経営体制へ移行した[4]。日経平均株価および読売株価指数の構成銘柄の一つ[8][9]。
社名
社史

創業と戦前・戦中期
- 1917年(大正6年)7月 - 光学兵器の国産化を目的として、東京計器製作所光学部・岩城硝子製造所の反射鏡部門を統合し、岩崎小彌太の個人出資により「日本光學工業株式會社(日本光学工業株式会社、にっぽんこうがくこうぎょう)」を設立[11]。本社は東京計器製作所内[12]。
- 1921年(大正10年)1月 - ドイツ人技師8名を招聘し光学技術を向上させる[14]。
- ニコンで初めて開発、設計、製造のすべてを行った双眼鏡のひとつ「ミクロン4×、6×」発売[15]。
- 1923年(大正12年) - 東京砲兵工廠が関東大震災で被災したため、以降は大日本帝国陸軍向け光学兵器の開発も担当する[16]。設立当初は大日本帝国海軍系企業として、それまでは主に艦艇用光学兵器を開発していたが、ワシントン海軍軍縮条約の影響で、当時は経営不振となっていた本社の再建に繋がっている。
- 1930年代以降は陸軍造兵廠東京工廠(東京第一陸軍造兵廠)・東京光学機械(現・トプコン)・高千穂光学工業(現・オリンパス)・東京芝浦電気(現・東芝)・富岡光学器械製作所(後の京セラオプテック)・榎本光学精機(現・富士フイルム[注釈 2])などとともに主に日本軍の光学兵器を開発・製造する。
- 1932年(昭和7年) - 写真レンズの商標を「ニッコール」(Nikkor)と決定[17][12]。
- 1933年(昭和8年) - 分隊長向け九三式双眼鏡を開発。
- 九一式高射装置完成。
- 1938年(昭和13年)2月 - 九七式狙撃銃用九七式狙撃眼鏡制式制定。
- 1941年(昭和16年)5月 - 九九式狙撃銃・短狙撃銃用九九式狙撃眼鏡完成。
戦後の民生転換とカメラ事業の発展


- 1945年(昭和20年) - 太平洋戦争終結に伴い、主として民生品の生産に転換[18]。6×6 cm判二眼レフカメラ、35 mmカメラの製造を検討[19]。
- 1946年(昭和21年) - 35 mmカメラの名を「ニコン」(Nikon)と決定[20][21]。後にブランド名となる。
- 1946年 - 眼鏡レンズ「ポインタール」発売[21]。
- 1948年(昭和23年) - 「ニコン」(後に「ニコンI」と呼ばれる)を香港に初出荷。画面サイズは24×32 mm[22]のいわゆるニホン判。
- 1950年(昭和25年) - ライフ誌のデビッド・ダグラス・ダンカン、ハンク・ウォーカーは、ニッコールを朝鮮戦争の取材に携行、ニューヨーク・タイムズにその優秀性を報告する[23]。
- 1951年(昭和26年) - 「ニコンS」を発売[24]。
- 1951年(昭和26年) - 皇居の生物学御研究所に顕微鏡と万能投影機を献上[25]。
- 1952年(昭和27年) - ニッコールクラブ設立[26][21]。
- 1953年(昭和28年) - 後に多くの日本製カメラを扱うようになるジョセフ・エーレンライクが、アメリカ合衆国での販売を担当する[27]。
- 1954年(昭和29年) - 実体顕微鏡SM型[21]、レベルE型を発売。
- 1957年(昭和32年) - 「ニコンSP」を発売[21][24]。
- 1959年(昭和34年) - ライカ判一眼レフカメラ「ニコンF」を発売[21]。「ニコンSP」をベースに設計された、最初のプロ用一眼レフカメラ。このとき採用された「ニコンFマウント」は同社レンズの標準規格として以後使用され続けることになる。
- 1961年(昭和36年) - 8ミリカメラ「ニコレックス-8」を発売[28]。
- 1962年(昭和37年) - 国産初の大型天体望遠鏡「91cm反射望遠鏡」を東京天文台(現国立天文台)岡山天体物理観測所に設置。フォトマスク製作用レンズ「ウルトラマイクロニッコール105mmF2.8」を発売。ラ・スピロテクニークと技術提携。
- 1963年(昭和38年) - ラ・スピロテクニークのレンズ交換式水中カメラ、カリプソをほぼそのまま「ニコノス」として発売。
- 1964年(昭和39年) - 陸上自衛隊に64式7.62mm狙撃銃用の狙撃眼鏡を納入。
- 1968年(昭和43年) - 創立50周年を記念して銀座三丁目にニコンサロンを開設。
- 1971年(昭和46年) - ライカ判一眼レフカメラ「ニコンF2」発売[21]。世界初の一眼レフ用オートフォーカスレンズ「AFニッコール80mmF4.5」を試作。精密光波測距装置「MND-2」発売[21]。
- 1974年(昭和49年) - 東京天文台木曾観測所に「105cm シュミット式望遠鏡」設置。
精機事業への進出とデジタル化


- 1980年(昭和55年) - 日本初のLSI製造用ステッパー「NSR-1010G」を発売[10]。
- 1982年(昭和57年) - カラービデオカメラ「S-100」を発売。ウェハ検査顕微鏡装置「OPTISTATION」(オプチステーション)発売[10]。
- 1984年(昭和59年) - 35 mmダイレクト電送装置「NT-1000」を発売[10]。報道機関むけ。
- MO、MO再生装置の開発を発表。
- 1986年(昭和61年) - テレビカメラ用レンズ「TVニッコールレンズ S15×9」発売。
- 1987年(昭和62年) - X線ステッパー「SX-5」発売。
- 1988年(昭和63年) - 商号を「株式会社ニコン」(Nikon)に変更[10]。電子スチルカメラ「QV-1000C」を発売。
- ライカ判オートフォーカス一眼レフカメラ「ニコンF4」発売。
- 1990年(平成2年) - タイ王国に、Nikon Thailand Co., Ltd.設立。
- 1992年(平成4年) - 世界初で唯一のオートフォーカス一眼レフ水中カメラ「ニコノスRS」を発売。
- 1995年(平成7年) - 一眼レフタイプのデジタルカメラ「ニコンデジタルスチルカメラE2/E2s」を富士フイルムと共同開発[10]。
- 1996年(平成8年) - ライカ判オートフォーカス一眼レフカメラ「ニコンF5」発売。
- 1997年(平成9年) - コンパクトタイプのデジタルカメラ「COOLPIX 100」発売[10]。
- 1999年(平成11年) - デジタル一眼レフカメラ「ニコンD1」発売[29]。
- 熊谷製作所で請負会社社員として就労していた労働者の自殺をめぐる訴訟では、東京高等裁判所が2009年、就労先であったニコンと請負会社の損害賠償責任を認めた[30]。
- 2000年(平成12年) - オランダにNikon Holdings Europe B.V.を設立。
- 2001年(平成13年) - マレーシアにNikon Sdn.Bhd.を設立。
- 2002年(平成14年) - 中国に尼康光学儀器有限公司を設立。
- 2003年(平成15年) - ニコンのすべての製作所がゼロ・エミッション達成。ポーランドにNikon Polska sp.z.o.o.を設立。中国上海に尼康儀器有限公司を設立。
- 2004年(平成16年) - ライカ判オートフォーカス一眼レフカメラ「ニコンF6」発売[29]。
デジタル移行と構造改革

- 2006年(平成18年) - デジタルカメラ事業に経営資源を集中するため、フィルムカメラ関連事業を大幅縮小。
- 2007年(平成19年) - デジタル一眼レフカメラ「D3」発売。
- 2008年(平成20年) - デジタル一眼レフカメラ「D700」「D3x」発売。
- 世界初の動画撮影を実現したデジタル一眼レフカメラ「D90」を発売。
- 2009年(平成21年) - デジタル一眼レフカメラ「D3」がドイツのiFプロダクトデザイン賞を受賞。
- デジタル一眼レフカメラ「D3s」を発売。
- 2010年(平成22年) - デジタル一眼レフカメラ「D7000」発売。
- 2011年(平成23年) - ニコン初のミラーレスカメラ「Nikon 1」発売[29]。
- 2012年(平成24年) - デジタル一眼レフカメラ「D4」[29]、「D800」「D800E」「D600」発売。
- デジタル一眼レフカメラ「D800」「D800E」が35 mmフィルムサイズに準じた撮像素子搭載のレンズ交換式デジタル一眼レフカメラにおいて当時世界最高となる3630万画素を達成。
- ニコンサロンで開催予定だった写真家安世鴻による日本軍「慰安婦」を題材とする写真展について開催中止を通告したが、東京地方裁判所が会場使用を命じる仮処分を決定し、東京展は開催された。2015年12月、東京地裁は中止決定に正当な理由がないとして、ニコンに110万円の損害賠償を命じた[31][32]。詳細は「ニコン慰安婦写真展中止事件」を参照。
- 2013年(平成25年) - デジタル一眼レフカメラ「D610」「D7100」「D5300」、ミラーレスカメラ「Nikon 1 S1」発売。
- 2014年(平成26年) - デジタル一眼レフカメラ「D4S」、ミラーレスカメラ「Nikon 1 V3」発売。
- 2015年(平成27年)5月 - 英国の眼科医療機器メーカーOptos Plcを完全子会社化し、網膜画像診断機器事業へ本格参入[36]。
- 2015年(平成27年)10月17日 - 2017年の創業100周年を記念し、本社2階にニコンの歴史・製品・技術を展示する初の施設「ニコンミュージアム」を開設[37]。
- 2016年(平成28年) - デジタル一眼レフカメラ「D5」「D500」「D5600」「D3400」発売。
- 2017年(平成29年) - 希望退職者に1143名の応募があったと発表[39]。
- 2018年(平成30年) - FPD製造用露光装置「FX-103S」の販売計画達成、および「D850」の世界的ヒット[43] により、2018年3月期の連結決算にて大幅な増益を達成[44]。
- 2019年(令和元年) - レンズ交換式デジタルカメラ市場の縮小に伴い、2019年3月期の連結決算にて映像事業の減収を発表。
- ニコン初の光加工機「Lasermeister 100A」発売。
- APS-Cセンサー搭載のミラーレス一眼カメラ「Z 50」発売。
- Zシリーズミラーレスカメラのフラッグシップレンズである「NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」発売。
- ニコンプラザ名古屋の業務終了を発表。
- 各アウトレットモールに展開していたニコンダイレクトストアの全店が閉店[45]。
- 2020年(令和2年)
- デジタル一眼レフカメラ「D780」発売。
- 新型コロナウイルス感染症のためデジタル一眼レフカメラ「D6」の発売を5月に延期。
- 業績悪化を受け、宮城県の拠点でカメラ本体の生産をやめ、タイ工場に集約する方針を明らかにした。また、海外では生産や販売を中心に2000人超の人員削減を発表[46]。
- 「ニコンプラザ銀座」と「ニコンプラザ新宿」を統合し、「ニコンプラザ東京」としリニューアルオープン。
- 2021年(令和3年)
- Zシリーズミラーレスカメラのフラッグシップカメラである「Z 9」の開発を発表。
- 2022年(令和4年)
事業多角化と近年の動向
事業

ニコンは、映像、精機、ヘルスケア、産業、デジタルマニュファクチャリングの5事業を中心に展開している。2026年3月期の売上収益は、映像事業2,900億53百万円、精機事業1,672億58百万円、ヘルスケア事業1,119億22百万円、コンポーネント事業761億76百万円、デジタルマニュファクチャリング事業280億90百万円で、このほか報告セグメントに含まれない「その他」が36億64百万円であった[58]。2026年4月から「コンポーネント事業」は「産業事業」に名称変更された[59]。
2010年代には、デジタルカメラ市場の縮小と半導体露光装置事業の収益悪化を受けて構造改革を実施した[60]。その後、眼科医療機器や細胞受託生産、産業用計測・検査、金属アディティブマニュファクチャリングなどへ事業領域を拡大している。
映像事業
カメラ
ライカ判の一眼レフフィルムカメラのニコンFシリーズ、デジタル一眼レフのニコンDシリーズ、コンパクトデジタルカメラのCOOLPIXシリーズ、ミラーレス一眼カメラのニコンZシリーズなどが知られる。
2006年(平成18年)1月12日、フィルムカメラ部門を大幅に縮小しデジタルカメラ部門に集中することを発表した。当初コンパクトデジタルカメラの一部機種は三洋電機からのOEMによる供給であった。2007年(平成19年)にはデジタル一眼レフカメラで国内年間シェア1位となった(BCN調べ)。また、当時シャープから「液晶ビューカム」のOEM供給を受け、「液晶トリム」の商品名でHi8ビデオカメラを発売していた。
2011年(平成23年)にはニコン初のミラーレスカメラ「Nikon 1 J1」「Nikon 1 V1」を発表した。2018年(平成30年)には新しいZマウントを採用した35 mmフルサイズミラーレスカメラ「Z 7」「Z 6」を発売し、2021年には同シリーズのフラッグシップモデル「Z 9」を発売した。市場が一眼レフからミラーレスへ移行するなか、2019年(平成31年)にはレンズ交換式デジタルカメラのシェアでソニーに抜かれ3位となった[61]。Nikon 1シリーズは2018年に生産・販売を終了し、フィルム一眼レフの最終機種「ニコンF6」も2020年に販売を終了した。2022年(令和4年)にはデジタル一眼レフカメラの新規開発を停止していることを明らかにした[47]。
宇宙開発分野での採用でも知られる。1971年のアポロ15号以降、NASAなどの宇宙機関にカメラ・レンズを供給しており、2024年には国際宇宙ステーション(ISS)で使用する「Z 9」をNASAに納入した[62]。
2024年には米国REDを完全子会社化し、業務用デジタルシネマカメラ分野を映像事業に取り込んだ[63]。
カメラ製品
レンズ製品
写真用レンズには「NIKKOR(ニッコール)」のブランドを使用している。
双眼鏡・望遠鏡
双眼鏡は創業初期からの製品分野で、天文、バードウォッチング、船舶など多分野向けの製品を展開する。天体望遠鏡については、天文台向け大型望遠鏡や周辺装置を手掛けたほか、かつては個人向け屈折式望遠鏡も量産した。
精機事業
半導体およびFPD(フラットパネルディスプレイ)の製造に用いる露光装置を扱う。ニコンは1980年(昭和55年)、日本初のLSI製造用ステッパー「NSR-1010G」を発売し、半導体露光装置事業へ参入した[10]。
半導体露光装置
半導体露光装置事業は1980年代から1990年代にかけて映像事業と並ぶ経営の柱に成長した。1999年にはArFドライスキャナーを製品化した。その後、半導体露光装置市場ではオランダのASMLが台頭し、2002年に世界市場でニコンを上回った[64]。2003年にはニコンが出荷台数で首位に戻った[65]が、2004年にはASMLが再び首位となった[66]。
2019年(令和元年)の出荷額ベースの市場シェアについては、ArF液浸5.7%、ArFドライ61.7%、KrF2.6%、i線12.8%とする推計がある[67]。同じ推計では露光装置全体の出荷額シェアはASML81.2%、キヤノン11.0%、ニコン5.9%であった。
ニコンは長くインテルと半導体露光装置の開発・供給で関係を持ち、2012年にはインテルから次世代露光装置の開発費を受け入れた[68]。一方、2010年代には同事業の収益悪化を受け、2016年の構造改革で半導体装置事業の開発・生産体制を見直した。2020年にはインテル向け販売への依存が事業上のリスクとして報じられている[69]。
450 mmウエハー対応ArF液浸露光装置についても開発を進め、2015年には試作機が完成し、量産機の計画が示されていた[70]。しかし、Global 450 Consortium(G450C)は2016年末に活動を縮小し、参加企業は第2期へ進まないと判断したため、450 mmウエハーへの移行の動きは停滞した[71]。
2025年7月には、先端半導体パッケージング向けデジタル露光装置「DSP-100」の受注を開始した。同機は1.0 μm(L/S)の解像度を持ち、510×515 mm基板使用時に毎時50パネルを処理し、2027年3月期(2026年度)の発売を予定している[72]。2026年6月には、解像度を1.5 μm(L/S)とする一方、毎時65パネル以上を目標として生産性を高めた別機種を開発し、2028年3月期(2027年度)に発売する計画を発表した[73]。また、半導体前工程向けでは大手半導体メーカーと新しいArF液浸露光装置のプラットフォームを共同開発しており、2029年3月期(2028年度)に試作機を納入する計画としている[74]。
EUV露光装置
ニコンは極端紫外線リソグラフィ(EUV)の研究開発にも参加した。1990年代から日立製作所などと開発を進め、国家プロジェクト「極端紫外線(EUV)露光システム開発プロジェクト(EUVA)」や半導体先端テクノロジーズ(Selete)に参加した。2008年には産業技術総合研究所のスーパークリーンルームに設置されたEUV露光機「EUV1」で30 nmの解像を実証した[75]。その後もインテル向けα機などの開発を進めた[76]が、量産装置の事業化には至らなかった[77]。
FPD露光装置
液晶・有機ELディスプレイの製造に用いるFPD露光装置も精機事業の主要製品である。2018年には金額ベースで58%の市場シェアを占めたとする調査があり[78]、大型パネル向けの第10.5世代FPD露光装置などを供給してきた。
ヘルスケア事業
生物顕微鏡などのライフサイエンス分野、眼科用の網膜画像診断機器、再生医療向けの細胞受託開発・生産を扱う[58]。顕微鏡はニコンの創業以来の光学技術を応用した主要製品の一つで、研究・医療用途の各種顕微鏡システムを展開している。
2015年には英国Optos Plcを完全子会社化し、超広角走査型レーザー検眼鏡を中心とする網膜画像診断分野へ本格参入した[79]。また、ニコン・セル・イノベーションを通じて再生医療向け細胞の受託生産を行っている。
産業事業
産業用顕微鏡、画像測定機、X線・CT検査装置、レーザーレーダー、ロボティクス関連製品、光学部品などを扱う。光学部品には光学素材・部品、EUV関連部品、フォトマスク基板、産業用レンズ・ユニットなどが含まれる[80]。2026年4月、従来の「コンポーネント事業」から「産業事業」へ名称変更された。
2026~2030年度の中期経営計画では、産業事業を安定的に利益を創出する事業と位置付け、光学部品の高性能化、EUV関連部品の次世代製品開発、X線・CT検査装置の事業再編と航空・宇宙分野での顧客拡大などを進める方針を示している[80]。
デジタルマニュファクチャリング事業
2019年(令和元年)、光利用技術と精密制御技術を応用した光加工機「Lasermeister 100A」を発売し、金属加工分野へ進出した。2023年には金属アディティブマニュファクチャリング装置メーカーのSLM Solutions Group AGを連結子会社化し、同年9月にNikon SLM Solutions AGとして完全子会社化した[81]。同事業ではレーザーを用いるDED方式のLasermeisterシリーズと、Nikon SLM SolutionsによるLPBF方式の金属3Dプリンターなどを展開している。
2026年3月期には、Nikon SLM Solutions買収に伴って計上したのれん・無形資産などを中心にデジタルマニュファクチャリング事業で906億円の減損損失を計上し、同事業の営業損失が拡大した[82]。
資本関係
ニコンは1999年10月、フランスのEssilor International S.A.と眼鏡レンズ事業について合弁契約を締結し、2000年1月に合弁会社「ニコン・エシロール」を設立した[83]。
2025年10月、EssilorLuxotticaは大量保有報告書上の議決権割合が10.75%となり、ニコンの主要株主かつ筆頭株主となった。ニコンは同時に、同社が外国為替及び外国貿易法に基づきニコン株式を20%まで保有するための関係当局の認可を得たと発表した[84]。2026年3月31日現在の株主名簿では「SG/ESSILOR LUXOTTICA」名義で18.53%を保有している[3]。ニコンは、眼鏡レンズ事業で長年にわたり協力関係を維持してきたとしている[84]。
主なグループ会社
2026年8月現在、ニコングループは国内外に製造、販売、サービス、研究開発などを担うグループ会社を置いている[85]。以下は主な会社。
国内
- ニコンイメージングジャパン(カメラ等の販売、サービス)
- 宮城ニコンプレシジョン(半導体・FPD露光装置用ユニットの製造)
- ニコンテック(半導体・FPD露光装置の保守サービス、中古機販売など)
- ニコンエンジニアリング(縮小投影露光装置の開発・設計)
- ニコンソリューションズ(眼科医療機器、顕微鏡、測定機、X線検査装置等の販売・サービス)
- ニコン・セル・イノベーション(再生医療向け細胞受託生産事業)
- ニコンビジョン(望遠鏡、双眼鏡等の開発、製造、販売、サービス)
- エクスビジョン(高速ビジョンを用いたソリューション開発)
- ニコンビジネスサービス(福利厚生、資材調達、物流業務)
- ニコンプロダクトサポート(ニコングループからの請負・受託事業)
- ニコンつばさ工房(特例子会社。光学機械器具部品の加工、組立、梱包等)
- ニコンシステム(ソフトウェア開発・サポート)
- 仙台ニコン(各種製品の設計、試作、量産など)
- 栃木ニコン(交換レンズ、露光装置用ユニット・投影レンズ、光学部品等の製造)
- 光ガラス(光学ガラス、光学ガラスプレス部品等の製造、販売)
海外
- RED Digital Cinema, Inc.(米国、業務用シネマカメラの開発・製造・販売)
- Nikon Precision Inc.(米国、半導体露光装置の販売・保守)
- Nikon Instruments Inc.(米国、顕微鏡の販売・保守)
- Optos, Inc.(米国、網膜画像診断機器の販売・サービス)
- Optos Plc(英国、網膜画像診断機器の製造・販売・サービス)
- Nikon Advanced Manufacturing Inc.(米国、アディティブマニュファクチャリング事業の統括)
- Nikon Metrology, LLC(米国、産業計測・X線CT関連)
- Nikon Metrology Europe NV(ベルギー、産業計測関連)
- Nikon SLM Solutions AG(ドイツ、金属アディティブマニュファクチャリング)
- Nikon Europe B.V.(オランダ、欧州地域の統括・販売)
- Nikon Imaging Korea Co., Ltd.(韓国、カメラ等の販売・サービス)
- Nikon (Thailand) Co., Ltd.(タイ、デジタルカメラ、交換レンズ等の製造)
主な関連会社
歴代イメージキャラクター
ニコン初のコンパクトカメラ「ピカイチ」の発売までは、有名タレントを起用した広告宣伝は行っていなかった。