西大井
東京都品川区の町名
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地理
品川区南東部に位置する。北部は立会道路に接し、二葉に接する。東部は大井に接する。南部は大田区山王に接する。南西部は大田区東馬込に接する。西部は第二京浜に接し、これを境に品川区中延に接する。
町域内に光学通り(当地にあるニコンに由来)、滝王子通り、西大井本通りが通っている。また、横須賀線・湘南新宿ライン・相鉄線直通列車(品鶴線)の線路が通っており、北部の一丁目に西大井駅がある。当地は西大井駅前にマンション、ビルや商店などが見られるほかは主に住宅地となっている。
地価
住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、西大井5-16-2の地点で74万4000円/m2となっている[7]。
地質
五丁目の地質は、地表から順に立川ローム層(深さ0.40 - 3.10メートル)、武蔵野ローム層(深さ3.10 - 7.75メートル)、下末吉ローム層(深さ7.75 - 12.30メートル)、下末吉(東京)層(深さ12.30 - 14.75メートル)、三浦層郡となっている[8]。
歴史
- 1876年(明治9年) - 地租改正により、森耕地(森)が森前と森下に分割される[9]。
- 1917年(大正6年) - 日本光学工業(現ニコン)大井工場が開設[10]。
- 1926年(大正15年)9月 - 立会川から原・谷垂・森前を経由して馬込村方面へ至る路線バスが運行開始[11][12]。
- 1927年(昭和2年)5月 - 賛育会大井診療所が原に設置、同年森前に移り賛育会大井病院となる[13]。
- 1932年(昭和7年)10月1日 - 荏原郡大井町・荏原町が廃止され、東京市品川区(一部は荏原区)となる[14]。
- 1964年(昭和39年)9月15日 - 住居表示が実施され、西大井の町名が設定される[4]。
- 1965年(昭和40年)[15]
町名の変遷
地租改正前の地名の厳密な境界の比定は困難であるため、参考として記す。
| 現在 | 住居表示前 | 東京市編入前 | 地租改正前 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1964年から | 1964年まで | 1932年まで | 1876年まで | ||
| 西大井一丁目 | 大部分 | 大井森前町 | 森前 | 森耕地(森) | |
| 5番の一部 | 大井森下町 | 森下 | |||
| 西大井二丁目 | 大部分 | 大井原町 | 原 | 字篠谷と若干の境界変更あり | |
| 7,8番 | 大井金子町 | 篠谷 | 狐窪 | ||
| 西大井三丁目 | 大井出石町 | 出石 | |||
| 西大井四丁目 | 大井金子町 | 金子 | |||
| 西大井五丁目 | 品鶴線沿いの一部 | 大井伊藤町 | |||
| 大部分 | 篠谷 | 狐窪 | |||
| 12番の大部分 | 原 | ||||
| 西大井六丁目 | 1番を除く | 谷垂 | 北部で若干の境界変更あり | ||
| 1番の西部 | 東中延四丁目 | 荏原町大字中延字一丁目 | (中延村) | 字一町目とも記す[18] | |
| 1番の東部 | 二葉町六丁目 | 荏原町大字上蛇窪字西耕地 | (上蛇窪村) | ||
世帯数と人口
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2020年4月時点)[25]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 西大井一丁目 | 全域 | 品川区立伊藤学園 | 品川区立伊藤学園 |
| 西大井二丁目 | 全域 | ||
| 西大井三丁目 | 全域 | ||
| 西大井四丁目 | 1〜7番 | ||
| その他 | 品川区立伊藤小学校 | 品川区立冨士見台中学校 | |
| 西大井五丁目 | 全域 | ||
| 西大井六丁目 | 2〜18番 | ||
| その他 | 品川区立上神明小学校 |
交通
事業所
施設
史跡
ギャラリー
祭事・催事
- 新春餅つき大会 - 1月
- 下神明天祖神社節分祭(豆まき) - 2月
- 品川区民まつり
- 品川納涼祭
- 下神明天祖神社例大祭 - 9月
- 蛇窪神社例大祭 - 9月
- しろへびサミット in しながわ - 9月
